山形県米沢市 憂国志士雲井龍雄遺蹟

奥羽越列藩同盟の奮起を即す為、
雲井龍雄は「討薩檄」を起草しました。
古今数多くある檄文の中でも素晴らしい名文とされ、
その檄文は実際に同盟軍将兵を鼓舞したという。

その雲井龍雄の旧宅跡に碑が建てられています。

憂国志士雲井龍雄遺蹟」碑。
雲井は米沢藩士中島惣右衛の次男に生まれ、
叔父小島才助の婿養子となって小島家を継ぎました。
ここはその小島家の旧宅跡で、
碑は県道233号線海谷酒店の端にあります。
雲井龍雄という名は明治元年頃に使い始めたようで、
当時は小島守善と称していました。

22歳で江戸に在勤となり安井息軒三計塾に入門。
執事長(塾頭)にも選ばれています。
慶應2年以降は京都で探索活動を行い、
大政奉還にも貢献し、新政府が発足すると貢士に抜擢。
しかし薩摩藩の横暴を目の当たりにした為、
戊辰戦争では「討薩檄」を起草して全軍を奮起させました。

米沢藩が降伏すると捕らえられて禁固されますが、
許された後は上京して集議院議員となります。
しかし性格や薩摩批判によって議員を追われると、
政府に批判的な旧幕臣や旧諸藩士が集まり始め、
これが政府に疑惑を与える事になって謹慎となり、
後に東京に送られて裁判もなく斬首されました。

「雲井龍雄遺蹟」碑の北西約300mの場所に、
米沢藩主上杉家廟所があります。

上杉家廟所」。
藩祖上杉謙信及び歴代藩主が眠る墓所。
訪問時はコロナの感染防止の為に閉社中でした。
それほど三蜜でもない気もしますが、
観光地でもありますので、結構人は来るのかな?
墓所まであと数十mですが非常に残念ですね。
いつか必ず来たい場所のひとつですので、
米沢にはまた訪問することになるでしょう。

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山形県米沢市 米沢城跡①/
 米沢藩上杉家の居城跡。
東京都荒川区 南千住 小塚原回向院
 雲井龍雄の墓が建てられています。




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