佐世保宿は平戸往還の宿場町。
明治時代以降は海軍と共に発展し、
軍港の町として知られる佐世保ですが、
江戸期にも平戸藩の郡代役所が置かれ、
人口は約3000人もいたらしく、
ある程度栄えた場所だったようです。
佐世保川東側周辺。緑の線が街道筋で、
青くぼかした辺りが佐世保宿跡。
「佐世保宿跡」。
国道35号線の佐世保市役所交差点から、
谷郷町交差点辺りが佐世保宿のあった場所。
道幅も広げられて全く面影はありません。
これは市内中心地故に仕方ないですね。
「相神浦筋郡代役所跡」。
天満町交差点東側辺りの郡代役所跡。
相浦から早岐の14ヶ村を支配した役所で、
始めは中里にあったようですが、
中間にあたる佐世保に移ったようです。
天満町交差点より西南方向へ。
「本陣跡」。
相生児童公園横のファミマの裏手のビルが、
本陣のあった場所とのこと。
国道へ戻り谷郷町交差点を左折。
左折してまたすぐに右折し急な坂道を進む。
街道は九品寺及び宮地嶽神社脇を通ります。
「九品寺」。
非常にモダンな建物の浄土宗のお寺。
このコンクリートの壁は納骨堂です。
寺の縁起はよくわかりません。
「宮地嶽神社」。
神宮皇后を祀る神社で、
厄除け、厄払いに御利益があるという。
福岡県福津市の宮地嶽神社の分社です。
上記の寺社脇を抜けて小佐世保谷へ。
この谷を越えると難所峰の坂に至ります。
吉田松陰は嘉永3年9月13日。
佐世保で休憩した後に平戸に向かいますが、
休憩場所で蓬杖を忘れたようで、
半里程行った辺りで引き返しています。
平戸往還の宿場町
■関連記事■
・長崎県佐世保市 早岐宿跡
平戸往還の宿場町。
・長崎県佐世保市 舳ノ峰番所跡
平戸藩と大村藩の口番所跡。
・長崎県東彼杵郡 彼杵宿跡
平戸往還の終点。
・福岡県福津市 宮地嶽神社
宮地嶽社の総本社。