①/②/③/④/⑤/⑥
つづき。
岸を離るること一町許り、
ミシシッピー舶へ押行付く。
是れまでに舟幾度か廻り廻りてゆく。
※岸を離れること100m余り。
ミシシッピ号へ辿り着く。
ここまでに舟は何度も迂回を繰り返した。
腕脱せんと欲す。
ミシシッピー舶へ押付くれば、
舶上より怪しみて燈籠を卸す。
(燈籠はギヤマンにて作る、
形圓き手行燈の如し
蝋燭は我が邦と異ならず、
但し色甚だ白く心甚だ細し)
※腕がちぎれそうに痛くなった。
ミシシッピ号に近づくと、
船員が怪しんで燈篭を下ろしてきた。
(燈篭はガラスで作られており、
形の丸い手行燈のようであった。
蝋燭は我が国のものと変わらないが、
色は白く芯もかなり細かった)。
火光に就きて漢字にて、
[吾ら等米利堅に往かんと欲す、
君幸に之を大将に請へ]と、
認めたる書付を興ふ。
一夷携へて内に入る、老夷出でて燭を把り、
蟹文字をかき、此の方の書付と共に返す。
※明かりを頼りに漢字にて、
[我らはアメリカに行きたい。
これを船長に伝えて欲しい]と、
書いた書き付けを渡す。
一人の夷人がこれを持って中に入り、
年老いた夷人が出てきて灯りを握り、
蟹文字を書いて先程の書き付けと共に、
返してきた。
※※蟹文字=英文字(横書き)の事。
蟹文字は何事やらん讀めず。
夷人頻りに手眞似にして、
ポウパタン舶へゆけと示す。
吾れ等頻りに手眞似にて、
バツテイラにて連れ往けと云う。
※蟹文字は何と書いてあるか読めず、
夷人はしきりに手真似を行い、
ポーハタン号に行けと示す。
我らもしきりに手真似を行い、
ボートで連れて行けと頼んだ。
※※バツテイラ(Bateira)は軍艦搭載のボート。
夷叉手眞似にて往けと示す、巳むことを得ず、
叉舟に還り力を極めて押行くこと叉一丁許り、
ポウパタン舶の外面に押付く。
※夷人らは手真似で行けとしつこいので、
仕方なく舟に戻って、
舟で漕ぎ出して100m余り進み、
ポーハタン号の外面に取り付いた。
此の時澁生頻りに云う、
[外面に付けては風強し、内面に付くべし]と。
然れどもかい自由にならず、
舟浪に隨ひて外面につく。
舶の梯子段の下へ我が舟入り、
浪に因りて浮沈す。
※この時に渋木生は頻りに言った。
[外面は風が強く危険なので、
内面に付いた方が良い]と。
しかし櫂は自由とならず、
舟は波に流され外面に付いた。
夷船の梯子段の下に我が舟は入り、
波に漂って上下する。
浮ぶ毎に梯子段へ激すること甚だし。
夷人驚き怒り、木棒を携へ梯子段を下り、
我が舟を衝き出す。
此の時予帯を解き立かけて着け居たり。
※上下する度に梯子段にぶつかり、
これに驚いた夷人は怒って、
木の棒を持って梯子段を下ると、
我が舟を突いて離れさせる。
この時に予は刀を置いていた。
舟を衝き出されてはたまらずと
夷舶の梯子段へ飛渡り、
澁生に纜(ともつな)をとれと云ぶ。
澁生纜をとり未だ予に渡さぬう内、
夷人叉木棒にて我が舟を衝き退けんとす。
澁生たまり兼ね纜を捨てて飛渡る。
已にして夷人遂に我が舟を衝き退く。
時に刀及び雑物は皆舟にあり。
※舟を離れさせられてはまずいと、
夷船の梯子段に飛び渡り、
渋生に友綱を取れと言った。
しかし夷人は木の棒でまた突いたので、
渋生もたまりかねて飛び乗った。
刀や持ち物は皆舟の中にあった。
つづく。
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