以前、映画「狼よ落日を斬れ」を紹介しましたが、
(記事はこちら)
池波正太郎の「その男」は、その原作です。

架空の人物を主人公とし、実在する志士らと絡ませた物語で、
主人公の杉虎之助は、旗本の嫡男ながら継母に虐げられて、
それを苦に身投げしますが、旅の剣士池本茂兵衛に助けられる。
強くなりたいと池本の弟子となり、虎之助は江戸を離れます。
池本について色々な場所を旅し、修業をかさねるのですが、
その間、池本はたまに不審な行動をすることがある。
しかし、池本はそれを話さず、虎之助も聞かず過ごしました。
6年ぶりに江戸に帰ってきた虎之助は、
見違えるような屈強な体と、剣の腕を身に付けていました。
時は幕末の混乱した時代。
虎之助は池本に、一人の女を彦根まで護衛するように頼まれ、
訳も聞かされぬまま、女と彦根に旅をしますが、
実は女は薩摩藩に追われていた・・。
・・と、まあこんな感じで物語は展開するのですが、
伊庭八郎、中村半次郎、佐々木只三郎など、
実在の人物が登場し、虎之助と絡んでいく訳です。
映画と違い、沖田総司は登場せず。
伊庭や中村との友情、礼子やお秀といった女が、
物語の軸になります。
この中のお秀という女性。
たまたま虎之助が無頼に襲われているのを助け、
京に行きたいと言うので十両を貸し与えて送り出すのですが、
後に京で尼となって再開します。
尼の身ながら中村半次郎と情を通じており、
しかも虎之助と再開するや色目を使い、
半次郎をむげに追い返したりする。
あれ?どっかで聞いたことある話だなぁ?と思ったら、
このお秀(法秀尼)という女性は、
同じ池波作品「人斬り半次郎」にも登場し(記事はこちら)、
わけのわからない行動する尼がいました。
たしかにいきなり半次郎に来るなとか言ってたってな。
2作品はリンクしてたわけだ・・。
「人斬り半次郎」での法秀尼のわけのわからない行動の理由は、
「この男」を読まなきゃ理解できないようです。
しかし、この「その男」では、
晩年の言葉や池波が祖母に聞いた話だとか、
いかにも杉虎之助が実在したかのように書いている。
これって罪ですよね。騙されそうになりますよ。
映画と違い、虎之助は西南戦争に従軍して、
城山まで桐野について行っている。
それでいて戦死もしなければ、その後もずっと生き続けて、
昭和13年まで生きている。
どのように生きて、子孫が何をしたかなど、
クライマックスが終わっての後日譚をそのような設定にして、
入念に読者に伝えています。
池波があとがきで語るように、3人のモデルがいるらしい。
そうなると完全に実在しないのだが、池波は、
「実在であるともいえず、実在でないともいえぬ」、
「「実在の男」とおもっていただいてよいかとおもう」、
というように述べています。
これはエンターテイメントな小説だという前提で、
あえて言わせてもらえば、
こういう言い回しは、結果的に良くなかったのではないか?
一昔前ならば「騙された読者がいる」と聞いて、
「してやったり!」と筆者が思うだけで済んだのですが、
小説も書物ですのでずっと残る。現在の情報化社会において、
正も偽も垂れ流しの世の中となる事を、
池波は予知してはいなかったでしょうが、
ネットで簡単に斜め読みできるような現代、
これは「ウソ(フィクション)です」と、
しっかり発言しなければならない。
司馬にしてもそうですが、史実とウソをミックスさせる技術が、
高ければ高いほど、後世に多大な影響を与えます。
それほど「その男」はリアルなフィクションだといえるでしょう。
■関連記事■
・狼よ落日を斬れ
「その男」が原作の映画。高橋英樹主演。
・「人斬り半次郎」池波正太郎
「その男」とリンクした池波正太郎の長編。