宮崎県延岡市 南洲翁寓居跡

4月14日。高杉晋作の命日に、
僕は宮崎県延岡市に出張してました。

仕事が終わって帰り道。
国道10号線沿いに西南戦争の史跡が点在してるようです。
一人なら有無を言わず寄ってみるのですが、
同僚と一緒なので素通り・・。
でも、こんなチャンスはめったに無いので、
一箇所だけ無理言って寄ってもらいました。

延岡市北川町にある「南洲翁寓居跡」という史跡です。
ここは、和田越えの激戦に敗れた西郷隆盛が宿陣した場所。
ここで解散布告を出し、最後の軍議を重ねており、
重要書類や陸軍大将の軍服も焼いたとされています。
現在は資料館となっており、
西郷隆盛が愛用した硯・船型枕などの遺品の他、
種々の戦争資料が展示されている・・・そうです・・・・。

生憎休館日でした・・・。残念。
仕方ないので、外観だけでも写真におさめます。

周辺「明治十年激戦の地(だったと思う)」碑。。
逆光で読めませんね。

墓石らしきものもありましたが、
調べてもちょっとよくわかりません。
西南戦争関係だとは思うのですが・・・・。

近くに瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の御陵があるらしく、
西郷とニニギの2ショットが面白いですね。

この北川町にはこの他にも数多くの激戦地跡や、
宿陣の跡、野戦病院跡、中津大四郎・小倉処平の自刃の地など、
多くの史跡が点在していらしいのですが、
また別の機会に周りたいと思います。

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