福岡県太宰府市 光蓮寺/栗原順平墓所

光蓮寺太宰府天満宮参道沿いにある寺院。
浄土真宗本願寺派の寺院ですが、
その詳しい由緒は天保6年(1835)頃の火災で、
記録の全てが消失して不明のようです。
とはいえ発掘調査墓碑が出土しており、
その最も古いものは天和2年(1682)の為、
最低でもその頃にはあったらしい。


本堂」。
本堂は古いものではない様子。
裏手には立派な会館もありますが、
そこはかつての墓地だった場所とのこと。


鐘楼」。
ここに旅館「松屋」主人栗原孫兵衛の墓や、
土佐藩士山本忠亮の墓があるとのことですが、
墓地が会館となって境内には墓地は無い。
ふと鐘楼の脇に目をやると墓碑があり、
彼らの墓が移設されていました。


栗原順平之墓
 釋 尼貞蓮墓
」。
松屋主人栗原孫兵衛(順平)とその妻の墓。
松屋は旅籠醤油屋を営んでおり、
薩摩藩の定宿となった影響から、
多くの志士らと交友があったという。
安政5年の安政の大獄の際には、
月照西郷隆盛が薩摩に向かいますが、
その途中に一時月照を匿っており、
元治2年(慶応元年)に五卿が大宰府に来ると、
彼らと志士との密会の場を提供。
また慶応元年には松屋にて、
西郷と月形洗蔵山中成太郎が会合し、
薩長同盟について密議しています。
後に福岡藩乙丑の獄が発覚し、
月形ら尊攘派が一斉に捕らえられますが、
孫兵衛もそのあおりで捕縛されており、
4年間も獄舎に繋がれました。
明治13年に64歳で死去。


贈従五位栗原順平之碑」。
こちらは神道式の墓碑。
たぶん明治44年に贈位された際に、
記念に建立されたものでしょう。

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