和久浦は戸数60戸程の漁村だったようで、
この浦で採れる雲丹は品質が良く、
宝暦元年の頃より15~60歳迄の漁師は、
毎年4月中旬に塩雲丹三合を上納したという。
「和久浦」。
小さな漁港には小舟がちらほら。
近くにある道の駅北浦街道ほうほくの北側に、
少し大きな漁港が整備されていますので、
そちらの方に漁船が碇泊しているようで、
こっちの小さい港はウニやサザエ漁でしょう。
その分昔ながらの風情はありますね。
国道191号線沿いの風景。
和久の集落は陸側にも広がっており、
比較的広々としています。
赤間関街道北浦道筋の宿場でもありました。
「大野酒造場(庄屋吉田兵助邸跡)」。
浦の庄屋吉田兵助の屋敷だった建物で、
明治期に手放されて酒造場となっていた模様。
その酒造場も現在は廃業しているようで、
空き家となってる様子です。
裏手にある酒造場跡。
大きな酒造場であったようです。
嘉永2年7月13日に吉田松陰はここを訪れ、
海防の為に庄屋吉田兵助宅傍の田山一町に、
台場を築くべきであると記しており、
浦老中野謙蔵宅で昼食を取っています。
「壁島ウ渡来地」。
和久浦の北700mにある岩礁。
鳥塗瀬、地の瀬、中の瀬、大瀬、竜宮瀬など、
連続する岩礁の総称ですが、
干潮になるとひとつの島となります。
岩が雪の覆われたように白くなっているのは、
ウミウのフンが累積したもの。
毎年11月下旬に越冬にやって来て、
昼間は関門海峡辺りを飛行し、
夕暮れに壁島に帰って夜を過ごすとのこと。
■赤間関街道/萩往還の宿場町
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