鹿児島県日置市 島津忠隣墓所

日置島津家2代当主島津忠隣の墓は、
日置の桂山寺跡にあります。
桂山寺は元々霊徳寺という寺でしたが、
3代当主島津常久が父の菩提寺とし、
父の法名から桂山寺に改称。
現在は廃仏毀釈で廃寺となっており、
忠隣の墓が残されています。


桂山寺跡」。
今まで余り触れていませんが、
各廃寺には仁王像が残っている事が多い。
というか仁王像しか残っていない。
そんな感じです。


桂山昌久大禅定門」。
日置島津家2代当主島津忠隣の墓。
薩州家6代当主島津義虎の次男で、
大叔父である島津歳久の婿養子となり、
歳久の長女を娶りました。
鷹取城攻めを初陣とし、
高橋紹運が守る岩屋城攻めにも参戦。
豊臣秀吉による九州征伐では、
日向国方面で戦っており、
宮部継潤が守る根白坂を攻撃した際、
反撃に遭って討死しています。
忠隣は19歳の若さで討死しますが、
同年に生まれた男子常久がおり、
その子が後に日置島津家を相続。
忠隣は家督は継いでいないようですが、
日置家では忠隣を2代と数えています。

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