上田藩藤井松平家の初期当主の墓所が、
黒谷の金戒光明寺にあるらしい。
但し墓域には入る事が出来ないようで、
外から除き見るしかないとのこと。
しかもそれがどこかも判らず、
書籍やネット等で色々と探した結果、
どうも赤松小三郎の墓の北側らしい。
そんな微妙な情報で探しに行ってみました。
「上田藩藤井松平家墓所(?)」。
西雲院への参道の東側フェンスの向こう。
三基の笠付の墓石が並んでいます。
たぶんこれで間違いない筈なのですが、
背中向きで確認する手段がありません。
この三基は初代当主松平忠晴、
2代当主松平忠昭、
3代当主松平忠周の墓と思われます。
上田藩藤井松平家は松平忠晴を祖とし、
父松平信吉より2000石を分与され、
2代将軍徳川秀忠、3代将軍徳川家光に仕え、
昇進して田中藩2万5000石を拝領。
後に掛川藩への転封を経て、
8000石加増で丹波亀山藩に移りました。
2代忠昭は16年の治世で死去しており、
3代忠周は岩槻藩、出石藩を経て、
廃藩置県まで定着する上田藩に転封。
5代将軍徳川綱吉から8代将軍徳川吉宗まで、
4代の将軍に仕えて老中も務めています。
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