明治9年に前原一誠らは旧士族を招集し、
他所の士族反乱に呼応して挙兵。
約200名で県庁襲撃を計画しますが、
この計画が事前に察知されていた為、
計画を変更して山陰を東上し、
天皇への直接直訴を計画しました。
海路にて浜田へ向かいますが、
悪天候により国境手前の江崎湊に寄港。
ここで近親者が処罰されていると聞き、
萩に引き返しています。
萩では政府軍が待ち伏せており、
市街での戦闘が勃発します。
近親者の処罰は虚報であった為、
戦闘は小倉信一、有福洵允に任せ、
前原ら幹部5名のみで再び海路で東上。
しかし悪天候が続いていた為に、
出雲の宇竜湊に寄港しますが、
ここで通報されて捕縛されました。
萩で戦っていた同志らも鎮圧され、
前原らは萩に戻されて弁明の機会無きまま、
明治9年12月3日に斬首されています。
「前原一誠終焉の地」。
門のある土塀に囲まれた場所。
この中で前原、奥平謙輔、横山俊彦、
佐世一清、山田頴太郎、有福、小倉、
河野義一ら首謀者が斬首されました。
以前は碑もあったようですが、
諸般の事情で撤去されており、
現在は手付かずの状態のようです。
この場所は[御客屋会所]だったようですが、
廃藩置県後はどう使用されていたか不明。
とにかくこの場所が刑場となったようです。
諸般の事情は正確には不明ですが、
推測すると碑があると縁起が悪いので、
土地が活用が出来ないからでしょう。
しかしながら萩では周知の事実で、
借り手も見つからずそのまま。
そんな感じでしょうか?
※あくまで推測です。
■関連記事■
・島根県出雲市 前原一誠之碑
前原が捕らえられた宇龍浦にある碑。
・山口県萩市 大照院/奥平謙輔墓所
前原と共に斬首された奥平謙輔の墓。
・山口県萩市 弘法寺/前原一誠墓所
前原一誠の墓所。