大岳院は倉吉市東町にある曹洞宗寺院。
米子藩主であった中村一忠の一族で、
打吹城を与えられていた中村栄忠により、
その父中村一栄の菩提寺として創建。
後に米子藩中村家が改易となると、
里見忠義が流刑に近い形で移封されます。
鳥取藩に池田光政が入封して以降は、
忠義は池田家預かりとなっており、
百人扶持を与えられて倉吉で暮らし、
元和8年(1622)に死去。
遺骸は大岳院に葬られました。
「本堂」。
本堂は平成7年に改築されたとのこと。
有栖川宮家の祈願所でもあり、
有栖川宮織仁親王と韶仁親王の位牌が、
本堂に祀られているとのこと。
また光格天皇生母大江磐代の母の墓も、
この大岳院にあります。
「里見家墓所」。
中央は忠義の叔父正木大膳時茂の墓で、
その左が里見忠義の墓。
右側は里見家家老堀江能登守頼忠の墓。
他の8基は殉死した8名の家臣で、
法名に全員「賢」が付けられた為に、
「八賢士」と呼ばれていたとのこと。
これをヒントに曲亭馬琴が創作したものが、
「南総里見八犬伝」であったようです。
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