三重県名張市 名張藤堂家邸跡

寛永12年(1635)に藤堂高吉伊勢国に移り、
2代藩主藤堂高次の命により名張に移住。
高吉は筒井定次の家臣松倉豊後守や、
津藩の梅原勝右衛門が居館を構えた場所に、
御殿を建設してこれを居館とします。
その周辺に家臣団の武家町や、
商人や職人を住まわせた町人町を築き、
名張の城下町の体制を造りました。


名張藤堂家邸跡」。
現存する名張藤堂家の居館跡で、
私的空間である奥御殿の一部が現存。
通り向いの小学校、中学校の辺りが、
政務が行われていた表御殿のようで、
こちらの遺構は残っていません。
現在の居館跡は宝永7年(1710)に焼失し、
その後に再建されたものとされており、
中奥」「祝間」「」が残っています。
平成4年にその保存修理事業が完了し、
一般公開されているようですが、
訪問時は木曜日で定休日とのこと。

裏手の寿栄神社正門が移築されています。

旧正門(太鼓門)」。
名張藤堂家邸の正門を移築したもので、
往時は名張中学校の南西にあったもの。
現在も正門跡には石段が現存しています。
白漆喰下見板張長屋門ですが、
通称から察するに太鼓があったのでしょう。

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