大分県豊後大野市 大友親時墓所

大友親時豊後大友家4代当主。
鎌倉中後期の人物で、
大友頼泰と共に元寇にも出陣し、
諸将を率いて蒙古軍を追い払いました。
父の隠居に伴い家督を相続しており、
鎮西談議所頭人も務めましたが、
その父に先立って死去しています。


大楽寺跡」。
三重町久田にある大楽寺跡
場所はgoogle MAPにも載ってますが、
山道ですので訪問は十分な準備を。
大楽寺は鎌倉~江戸中期まであった禅宗寺院。
豊後大友家4代当主大友親時の菩提寺とされ、
貞享4年(1687)に大分郡植田荘に移転し、
後に廃寺となったようです。


大楽寺宝塔」。
大友親時夫妻の供養塔とされる五輪塔。
碑銘はなく詳細は不明ながら、
室町時代の建立と推定されているとのこと。
大楽寺は親時の菩提寺であり、
2基揃って建てられていることから、
親時夫妻の供養塔と考えられています。
またここから南東370kmの位置に、
中尾五輪塔というものもあり、
これも親時の墓とされている模様。
※後で知った為に今回は訪問せず。

豊後大友家は江戸時代に高家として続き、
その家名を保っていますので、
判明している範囲でその先祖の墓も、
訪問してみようと思います。
※それ程残っていない模様ですが・・。

■関連記事■
分県津久見市 大友宗麟墓所
 豊後大友家21代当主大友宗麟の墓所。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です