柿本人麿(人麻呂)は飛鳥時代の歌人で、
歌聖、歌仙とも称される人物。
彼の経歴や出自は不明な事が多く、
謎多き人物としても知られています。
天武天皇の頃に出仕したとされており、
次代持統天皇の代で才能の開花させ、
多くの詠歌を残しました。
晩年は官人として讃岐国や石見国に赴任し、
益田沖の鴨島で死去したとされていますが、
その鴨島は現在はありません。
「鴨島跡展望地」。
人麿が死去したとされる鴨島は、
万寿3年(1026)の大津波で水没しており、
現在は大きな浅瀬が残るたけです。
ここはその跡地が望める場所。
「鴨島跡」。
写真中央付近が鴨島のあった辺り。
人麿の終焉地候補はこの他にも、
浜田の鴨山説、江津の神山説、
邑智の湯抱説があるようです。
現地説明板より。
こんな感じに島があったらしい。
何故こんな島に居たのか?
何らかの処罰で幽閉されたのか?
それとも意外に風流な場所だったのかも?
最初から最後まで謎だらけの人物です。
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柿本人麿を祀る高津柿本神社。
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山陰街道の宿場町。
