長州藩は藩庁の機能を山口に移転し、
諸外国や幕府からの防衛の為、
中領八幡宮前に関門と砲台を設置。
山口と小郡間の自由な往来を禁止し、
臨戦態勢を整えています。
この為に山口大神宮へ他国からの参拝者が、
小郡で足止めされるという事態となり、
これを見かねた小郡村の村人らが、
元治元年に山口大神宮の遥拝所を設置。
参拝者は遥拝所で参拝を行いました。
「山口大神宮小郡遥拝所」。
山口大神宮は大内義興が伊勢神宮より勧請し、
永正17年(1520)に創建したもので、
江戸時代には伊勢まで行けない西国の民衆が、
こぞって参拝に訪れた人気の神社でした。
それ故に遥拝所が建てられたようですが、
この小郡の遥拝所は外宮にあたるもので、
内宮の遥拝所も防府に設置されていましたが、
そちらは現在は残っていないとのこと。
「高灯籠(右)」、
「角柱の道標(左)」。
山口大神宮の高灯籠と道標。
双方共に下郷津市下の西国街道沿いに置かれ、
参拝者らの道標となっていたもので、
昭和30年に現在地に移築さてれています。
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