崎浦の赤尾集落は漁業の他に、
浦の周縁部に田畑が拓かれて、
農業が盛んであったとされます。
また石材業も盛んだったようで、
海岸沿いは多くの作業小屋が点在。
昭和30年頃の最盛期には64の業者に、
約170人の従業者がいたという。
この赤尾集落の家屋の特徴としては、
外壁の腰部分に板石を張っています。
これは「腰板石」と呼ばれるもので、
動物や風雨、外壁の腐朽を防止する等、
多目的な用途があったとのこと。
「崎浦の五島石集落景観」。
平成24年に国の重要文化的景観に選定。
日常生活の中に「五島石」が活用されており、
「特徴的な石文化の景観」を伝えています。
「石積壁のある小屋」。
石垣は全国的によく見かけますが、
意外と壁として利用は珍しいですね。
「腰板石の民家」。
言われなければ気が付きませんが、
よく見ると石の板です。
このような腰板石の家屋が約50軒あるという。
猫達。
こういう集落には何故か猫が多い。
「平家落人之塚(中央)」、
「寄人之塚(左)」。
通りの中心付近に祀られている塚。
双方がここに辿り着いて住み付き、
名も告げずこの地で亡くなったのでしょう。
「大きな腰板石のある蔵」。
立派な腰板石が張り巡らされた蔵。
「孕神社」。
安産の御利益があるとされる孕神社。
五島石がふんだんに使用される参道は、
石文化の象徴のようにも見えます。
「社殿」。
異国情緒の雰囲気あふれる社殿。
宇久家(五島家前身)8代当主宇久覚が、
宇久島を引き上げ福江島岐宿に館を移す際、
その奥方を乗せた船が転覆してしまい、
懐妊中の奥方は溺死してしまいます。
後に奥方は孕大明神の神号を奉り、
御霊を豊玉姫神の神霊として奉祀しました。
元々は通りは石畳だったようですが、
こちらは殆ど残ってないようです。
流石にアスファルトの方が楽ですからね。
■関連記事■
・長崎県南松浦郡 中通島
中通島のまとめ記事。
・長崎県南松浦郡 頭ヶ島天主堂
頭ヶ島白浜地区にある石造りの教会。
・長崎県南松浦郡 石工先駆者の墓
石材業の先駆者石田利吉の墓。
