京都府京都市 城南宮

城南宮は中島鳥羽離宮町にある神社。
延暦13年(794)の平安遷都の際に、
八千矛神(大国主命)、息長帯日売尊(神功皇后)、
国常立尊を祀って創建されたという。
平安京の南に鎮座した為に城南神と称し、
またかつて存在した城南寺の鎮守社として、
創建された神社であったともされます。
鳥羽離宮造営後はその鎮守社となり、
代々の天皇が行幸に訪れたとされ、
後に京都御所の裏鬼門を鎮守神となりました。
幕末期には孝明天皇が攘夷祈願で行幸し、
鳥羽伏見の戦いが新政府軍の勝利に終わると、
城南宮のご加護で勝利出来たと、
薩摩藩兵がお礼参りに訪れています。
明治10年にかつての式内社真幡寸神社とされ、
社名を真幡寸神社に改称。
しかし明治43年に城南宮に戻されて、
真幡寸神社は境内摂社となりました。
転居や旅行の厄除け、交通安全の神として、
現在も広く信仰されています。


「東鳥居」。
石造りの明神鳥居。
扁額は有栖川宮幟仁親王の筆です。
西鳥居の扁額は九条尚忠の筆とのこと。


「錦の御旗と城南の地」説明板。
参道脇に設置された説明板。
鳥羽方面の薩摩藩兵は城南宮に布陣し、
西参道に4門の四斤山砲を設置して、
鳥羽街道を北上する旧幕府軍に砲撃。
鳥羽伏見の戦いの所詮となっています。
また明治天皇の大坂行幸の際には、
明治天皇が拝殿で昼食を召し上がり、
その後に大坂に向かいました。
更に帰路にも城南宮に立ち寄っており、
同様に昼食をお召し上がってから、
御所に戻られたようです。


「真幡寸神社」。
真幡寸大神と応神天皇を祀る境内摂社。
延喜式の神名帳に記載された神社で、
室町時代頃に城南宮に取り込まれたとされ、
一時期は城南宮が真幡寸神社と改称。
後に新たに社殿が設けられています。


「城南鳥居」。
棟の部分に島木と笠木を重ね、
笠木の上に小さな屋根を持つ独特の鳥居。
柱の下に饅頭と呼ばれる台座があります。


「拝殿」。
境内中央にある拝殿。
明治天皇が昼食を取った場所です。


「前殿」。
他社の拝殿にあたる前殿。
左右に翼廊が付随しています。
城南宮は昭和52年火災に遭っており、
これらの建物は昭和53年に再建されたもの。

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・和歌山県田辺市 熊野本宮大社
 熊野神社の総本宮。
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 稲荷神社の総本社。
・京都府京都市 賀茂御祖神社
 山城国一宮のひとつ。

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