奥の院墓地にある中村藩相馬家の墓所。
鎌倉御家人千葉常胤の二男相馬師常は、
文治5年(1189)の奥州合戦で戦功を挙げ、
源頼朝より陸奥国行方郡を拝領。
後に5代相馬重胤が移住して本拠とし、
以降… 続きを読む
高野山奥の院墓地/中村藩相馬家墓所
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奥の院墓地にある中村藩相馬家の墓所。
鎌倉御家人千葉常胤の二男相馬師常は、
文治5年(1189)の奥州合戦で戦功を挙げ、
源頼朝より陸奥国行方郡を拝領。
後に5代相馬重胤が移住して本拠とし、
以降… 続きを読む
青山霊園にある中村藩相馬家の墓所。
「相馬家墓所」。
円形の累代墓所を中央に配した相馬家墓所。
相馬家は平将門の後裔とされており、
将門含む累代当主が合祀されています。
将門は下総国豊田郡の豪族でしたが、
勢力争いで叔父の平国香を討つと、… 続きを読む
相馬中村藩5代藩主相馬昌胤は、
久保田藩3代佐竹義処の次男を継嗣に迎え、
※後の6代藩主相馬叙胤。
病気を理由に家督を譲って隠居。
隠居所北原御殿を大聖寺裏手に建設し、
約30年間の余生を過ごしました。
中村藩相馬家の歴代墓所は同慶寺ですが、… 続きを読む
中村藩相馬家は鎌倉より続く名家で、
鎌倉幕府の平泉遠征後に陸奥国に移住し、
約740年間領主として君臨しました。
関ヶ原の戦いの後に佐竹義宣が改易され、
親戚関係の相馬家も改易が決まりますが、
16代相馬義胤… 続きを読む
タイトルを見て不思議に思った方も、
いらっしゃるかと存じますが、
相馬中村藩は福島県相馬市にある藩です。
藩主家は江戸時代を通じて陸奥相馬家でした。
その江戸上屋敷の門が何故、縁もゆかりも無い福岡に?
実は香椎中学校(現香椎高等学校)の開校にあわせて、
福岡県出身の実業家太田清蔵が、
下落合にあった… 続きを読む