神代の陣屋町南端に下坊墓地があり、
そこが神代鍋島家の墓所となっています。
「下坊墓地」。
石垣に囲まれた下坊墓地。
大きな自然石の墓石が並んでおり、
神代鍋島家初代及び2代当主の墓と、
その一族の墓所となっています。
「孝岳永忠大禅定門(左)」、
「玉雲妙慶大姉(右)」。
神代鍋島家初代当主… 続きを読む
長崎県雲仙市 下坊墓地/神代鍋島家墓所
コメントを残す
神代の陣屋町南端に下坊墓地があり、
そこが神代鍋島家の墓所となっています。
「下坊墓地」。
石垣に囲まれた下坊墓地。
大きな自然石の墓石が並んでおり、
神代鍋島家初代及び2代当主の墓と、
その一族の墓所となっています。
「孝岳永忠大禅定門(左)」、
「玉雲妙慶大姉(右)」。
神代鍋島家初代当主… 続きを読む
慶長13年(1608)に佐賀藩肥前神代領は、
鍋島直茂の兄鍋島信房に与えられ、
以降は廃藩置県まで神代鍋島家が、
代々神代領を統治してきました。
その拠点となっていた神代陣屋跡には、
神代鍋島家の邸宅が建てられており、
これを平成16年に当時の… 続きを読む
境原宿は長崎街道の宿場町で、
佐賀宿と神崎宿との中間に位置し、
蓮池往還の分岐点でもありました。
神埼市千代田町境原周辺。
緑の線が長崎街道で青の線が蓮池往還。
青くぼかした辺りが境原宿跡。
「境原宿跡」。
境原宿跡は国道264号線沿い。
宿場時代の遺構は皆無です。
往時は… 続きを読む
慈廣寺は佐賀市諸富町にある曹洞宗寺院。
太田道灌の子孫太田浄泉が郎党を従え、
享禄2年(1廣529)に太田郷に下向し、
そこに居城を築いて田中城と称します。
浄泉は龍造寺剛忠の配下となり、
川副東部の守備を任されたとされ、
天文2年(1533に慈廣寺を創建しました。
「… 続きを読む
妙玉寺は佐賀市本庄町鹿子にある日蓮宗寺院。
鍋島家外戚石井家の菩提寺のひとつで、
その諸流の横岳鍋島家、深堀鍋島家が、
菩提寺としていました。
「本堂」。
妙玉寺は元亀元年(1570)の創建で、
元々は同市浄円寺… 続きを読む
大興寺は佐賀市神野東にある黄檗宗寺院。
貞享2年(1685)に創建されており、
諫早家4代当主諫早茂真の正室菊姫が、
桂巌明幢禅師を招いて建立されました。
「本堂」。
平成18年に火災で本堂や方丈… 続きを読む
深堀陣屋の築年は不明ながら、
江戸期に深堀鍋島家により建設され、
深堀領の政庁となっていました。
「深堀陣屋跡」。
建物は残ってはいないものの、
石積が良く残されています。
「門柱」。
門柱や石段も現存しており、
地方領主の居館としては貴重な史跡。… 続きを読む