国学者喜多村信節の随筆「ききのまにまに」。
自身が見聞した事柄を書き留めたもので、
安政以前の事側が記載されていますが、
この中で長府藩12代毛利元運の死について、
噂ながら記載されています。
〇先月廿日、毛利甲斐殿自殺すと云、
※長府藩12代毛利元運。
分部北条みな同じ、… 続きを読む
毛利甲斐守殿自殺す
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国学者喜多村信節の随筆「ききのまにまに」。
自身が見聞した事柄を書き留めたもので、
安政以前の事側が記載されていますが、
この中で長府藩12代毛利元運の死について、
噂ながら記載されています。
〇先月廿日、毛利甲斐殿自殺すと云、
※長府藩12代毛利元運。
分部北条みな同じ、… 続きを読む
小倉湊は紫川河口にあった港で、
九州と上方を結ぶ乗合貨客船の発着港でした。
江戸時代の上方への発着港はこの小倉湊が、
福岡藩領の黒崎湊しかなかったようで、
九州から上方へ海路を選んだ際は、
ここか黒崎湊から大坂へ向かったようです。… 続きを読む