長州より九州に入った三条実美ら五卿は、
赤間宿に25日間滞在しています。
福岡藩家老加藤司書が出迎えたのですが、
加藤は帯刀していたようで、
滞在先に御茶屋には竹矢来が組まれており、
※囚人が逃げないようにする柵。
礼節を欠いた行為に五卿らは憤慨し、
薩摩藩に不満の手紙を出しました。
これに西郷吉之助は早馬で駆けつけ、
五卿に詳細を伺ったうえ福岡まで走り、
福岡藩に待遇改善を訴えたとされています。
「五卿西遷之遺跡」碑。
街道沿いにある法然寺の横に、
碑が建てられているます。
御茶屋を用意しながら矢来が組まれ、
家老が出迎えるといった不思議な対応。
福岡藩がどのような意図で、
無礼を働いたのかはわかりませんが、
福岡藩はどのように扱ってよいものか、
わからなかったのではないでしょうか?
このゴタゴタの後、
25日も滞在する事となった一行。
五卿には従者も随伴しており、
主従あわせて50余名程、
それに長州藩の護衛60名と、
諸藩の護衛30名がいたとされ、
約140名の大所帯となっていました。
これに噂を聞きつけた尊攘志士らが、
五卿に面会を求めに来るのですから、
赤間宿は大騒動だった事でしょう。
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五卿が約3年間滞在しました。
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意外と楽しそうな五卿。