永倉新八」タグアーカイブ

東京都北区 近藤勇墓所

JR板橋駅東口を出てすぐの場所に、
近藤勇墓所があります。


近藤勇墓所」。
流山で捕縛された近藤は、板橋の総督府に送られ、
元新選組隊士加納鷲雄に近藤勇であると断定され、
板橋刑場で斬首されました。
首級は首実験の後に京都に運ばれて晒され、
胴体は刑場に埋葬されました。


近藤勇宜昌 続きを読む

北海道松前郡 永倉新八居住地跡

新撰組の二番組組長永倉新八は、松前藩出身。
とはいえ、江戸詰家臣長倉勘次の次男でしたので、
江戸上屋敷で育っており、松前では育っていません。

永倉は神道無念流を習得して剣術に傾向し、
剣の道を究めたいと脱藩。
数々の道場で腕を試し、試衛館の食客となって、
近藤勇らと浪士組続きを読む

「新撰組顛末記」永倉新八

なかなか本屋に行く機会がありませんが、
最近はコンビニにもこういう本が売っています。

新選組系は子母澤寛くらいしか読んでません(司馬の燃えよ剣さえ読んでない)。
まあ、読む本ないのでちょいと手に取ってみました。

新選組副長助勤・二番隊組長で、数少ない新選組の生き残りですが、
イマイチ近藤・土方・沖田・斎藤に比べ、小説やドラマではスポットが当たりません。

それは、戊辰以降の道が彼らと違うからかもしれませんね。
彼は、江戸で近藤と別れたあと、独自の行動をとってます。

近藤・沖田は早くに死んだので仕方ないですが、
土方は、箱館まで戦い戦死。斎藤は会津まで戦い降伏し、警察官となりました。
永倉は戊辰戦争では、会津→仙台と援軍を求めて移動して、
第一線で戦った戦績があまりなく、
戦後は新政府や刺客から逃れるため潜伏生活を送っています。
まああんまりカッコイイ感じはしないですねぇ。

とはいえ、永倉が生きていたおかげで、… 続きを読む