東京都文京区 湯島聖堂

湯島聖堂は文京区湯島にある孔子廟
元禄3年(1690)に5代将軍徳川綱吉が、
忍岡聖堂に代わる施設として建立したもの。
当時の儒学振興が幕府の政策であった為、
当時あった忍岡聖堂の創建過程が、
その中心施設に相応しくないという理由から、
新しく建立されたものでした。
※忍岡聖堂は林羅山尾張藩の資金を得て、
 私的に建築したもの。



仰高門」。
一般見学者用の入口である仰高門
門名は論語の子罕第九「顔淵喟然歎曰
仰之彌高 鑽之彌堅
」から取られています。
鉄筋コンクリート造平家建切妻造
湯島聖堂は関東大震災で全焼しており、
昭和10年に再建されたもので、
殆どのものが鉄筋コンクリート製。


孔子銅像」。
仰高門を過ぎて少し行った右手にある孔子像
昭和50年に台湾より寄贈されたもの。
孔子の銅像としては世界最大とのこと。


入徳門」。
聖堂内唯一の木造建造物。
門名は朱熹大学章句序「子程子曰
大学 孔子之遺書而初学入徳之門也
」から。
震災の焼失を免れた貴重な門です。


杏壇門」。
門名は山東省曲阜にある孔子の遺跡からで、
孔子が学問を講じた壇の周辺に、
杏の木があったことに由来し、
学問を教える場所や学問所の建物を、
杏壇と称するようになったという。
この巨大な門を越えれば大成殿です。


大成殿」。
孔子を祀る孔子廟の正殿
忍岡聖堂の正殿は先聖殿と称されましたが、
湯島聖堂は将軍綱吉が大成殿と名付け、
額の字は綱吉が自ら書きました。
残念ながら震災で焼失してしまった為、
現在の額は伏見宮博恭王の筆。
内部は孔子尊像及び四配像が祀られています。
※四配は顔子曽子子思子孟子

儒教は通常の宗教ではなく儒学と呼ばれ、
思想であり哲学であり学問でもあるもので、
日本では宗教として意識されることなく、
学問のひとつとして受け入れられました。
また朱子学に代表されるように、
その体系も大きく派生しており、
詳しく理解するのは勉強が必要です。

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