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月山富田城は安来市広瀬町にあった中世山城。
戦国大名尼子家の本拠とされた巨大な城で、
天然の地形を利用した難攻不落の要塞。
最終的には毛利元就が尼子家を滅ぼし、
毛利家の支城となっていますが、
尼子再興軍もこの城を攻めており、
幾度も攻防が行われた場所でもありました。
「月山富田城跡」。
安来市立歴史資料館の駐車場に車を停め、
現地で案内されたモデルコースに従い登城。
入口には尼子興久の墓がありました。
※興久は4代当主尼子経久の三男でしたが、
加増を拒否された事から反乱を起こし、
これに敗れて自害しています。
「登城口」。
登城道は整備が行き届いているようで、
歩いていて気持ちが良い。
「馬乗馬場跡」。
坂を登って左側の曲輪。
乗馬訓練が行われていた場所でしょうか?
「千畳平跡」。
飯梨川沿いにある広い曲輪が千畳平跡で、
その周囲は石垣となっています。
城兵集合の場として使われていたとされ、
北端には尼子神社と櫓跡があります。
「太鼓壇跡」。
更に進んで太鼓壇跡。
名の通り大太鼓が置かれていたようです。
「山中鹿介幸盛祈月像」。
太鼓壇跡にある山中鹿介の銅像。
尼子家再興の為に毛利家に果敢に対抗し、
最後は捕らえれてて斬首されますが、
その忠義と勇猛さは後世で称えられました。
「我に七難八苦をあたえ給え」と三日月に祈り、
尼子家再興を誓ったとされています。
「奥書院平跡」。
更に進んで奥書院跡。
奥書院があったと伝えられる曲輪で、
現在は戦没者慰霊碑が建っています。
「花ノ壇跡」。
多くの花が植えられていたとされる曲輪。
戦国の城なのになんて雅なんでしょう。
「花ノ壇 復元建物(主屋と侍所)」。
花ノ檀跡には主屋と侍所が復元されています。
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