圓妙寺墓地の松平定良墓所の隣に、
服部正辰の墓所があります。
正辰の父服部正就は慶長10年(1605)、
御目見えの前の外出を問われ改易。
舅の松平定勝に預けられて蟄居となり、
戦功を立てて赦免を請う為、
大坂夏の陣で高田藩の陣中に加わります。
しかし天王寺口の戦いで正就は戦死。
幼い正辰は外祖父定勝が引き取り、
成長すると叔父松平定綱に仕官し、
2000石を与えられて家老となり、
後に3000石に加増されました。
「妙法塔 円雄院殿源立日善居士(右)」、
「妙法 法荘院殿妙厳日達 霊(左)」。
小服部家初代当主服部源右衛門正辰の墓。
定綱に仕えた正辰でしたが、
直参旗本の復帰を求めていました。
寛文3年(1663)に江戸に向かい、
老中への面談を模索しましたが、
滞在中に病を得て江戸で死去。
遺骨は戻されてここに埋葬さています。
家督は長男服部正容が相続し、
小服部家として桑名藩家老家として続き、
宗家筋にあたる半蔵家(大服部家)より、
藩主一門として優遇されたという。
次男服部保元は伊予松山藩家老、
三男服部正純は今治藩家老となって、
それぞれ続いています。
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