兵庫津は8世紀初頭には大輪田泊と呼ばれ、
中国や九州へ向かう船が碇泊する港でした。
摂播五泊と呼ばれた地方の港でしたが、
延暦23年(804)には兵庫津より、
第4回遣唐使として最澄や空海が船出。
平安時代末期には平清盛が日宋貿易に利用し、
港を大修築して国際貿易港に発展します。
鎌倉時代以降より兵庫津と呼ばれるようになり、
室町時代にも勘合貿易の出発港として栄え、
更に江戸時代には北前船の寄港地となり、
当時2万の人口を誇る大都市となりました。
「兵庫津」。
現在も物流倉庫が建ち並ぶ兵庫埠頭。
江戸期は国内貿易港として栄えますが、
出島のカピタン、朝鮮通信使、琉球使節が、
この兵庫津に上陸したり寄港しており、
鎖国中も異国の風が入っていたようです。
幕末期以降は隣の神戸港の開港により、
国際港の地位を奪われてしまいますが、
それでも初代県庁は兵庫津に置かれ、
県名も兵庫県が採用されました。
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・兵庫県神戸市 兵庫津宿跡
兵庫津にあった西国街道の宿場跡。
