山口サビエル記念教会は山口市亀山町に、
フランシスコ・ザビエル来日400年を記念し、
昭和27年に建てられた教会。
初代の教会はスペインのハビエル城を模し、
ステンドグラスの美しい建物でしたが、
平成3年に失火で全焼しています。
その後にイエズス会の寄付や募金により、
平成10年に新しく再建。
前衛的なデザインの教会になりました。
「山口サビエル記念教会」。
三角屋根と2つの塔が印象的な教会。
伊人神父のコンスタンチノ・ルッジェリと、
建築家ルイジ・レオニの設計とのこと。
余りにも初代の教会と違う事から、
市民から賛否両論があったようですが、
現在は受け入れられてランドマークとして、
親しまれているようです。
塔からは定時に鐘がなるようになっており、
[ウェストミンスターの鐘]が響きます。
※学校のチャイムのメロディ。
何度も聞いたメロディでしたが、
本物の鐘で聞いたのは初めてかも?
ちなみに[ザ]ではなく[サ]となのは、
明確な理由はよくわかりませんが、
スペインでの発音に近いからかな?
「井戸端で説教するフランシスコ・サビエル」。
敷地内にあるザビエルの像。
天文20年(1551)大内義隆はザビエルに、
キリスト教布教の許可を得たサビエルは、
ジョアン・フェルナンデスと共に、
毎日2回大殿小路の井戸端で説教したという。
この像はその様子のようです。
この教会の隣には亀山公園があり、
幕末の藩主毛利敬親の銅像が置かれていますが、
サビエル教会の敷地内には、
敬親の家臣であった2人の藩士の碑があります。
「贈正四位來島君碑」。
長州藩士来島又兵衛政久の顕彰碑。
来島は無給通士喜多村政倫の次男で、
大組来島政常の養子となって家督を相続。
[鬼又兵衛][今清正]と称された武人でしたが、
算術にも長けた官僚でもあったという。
高杉晋作の奇兵隊創設に触発され、
遊撃軍(遊撃隊)を創設して初代総督に就任。
文久3年の八月十八日の政変に激怒し、
京都進発を強く主張して上洛しており、
禁門の変では遊撃軍を率いて奮戦し、
中立売門を突破して薩摩藩兵と激戦。
川路利良の狙撃によって胸を撃たれ、
清水谷家の椋の辺りで切腹しました。
この碑は明治36年に建立されたもので、
毛利元昭の篆額、井上馨の撰文、
書は野村素介、刻字は井亀泉とのこと。
「贈正四位周布君碑」。
長州藩士周布政之助兼翼の顕彰碑。
周布は大組周布兼正の五男でしたが、
父兄が相次いで死去した為に、
生後6ヵ月で家督を相続しています。
久坂玄瑞、高杉晋作らの理解者となり、
彼らの行動を陰から支えていましたが、
禁門の変や下関戦争で藩が窮地となると、
その責任を感じて自刃しました。
この碑は明治29年に建立されたもので、
篆額は毛利元徳、撰文は井上馨、
書は野村素介となっています。
■関連記事■
・山口県山口市 亀山公園(再訪)
毛利敬親の銅像がある亀山公園。
・京都府京都市 清水谷家の椋
来島又兵衛が自刃した辺りにある椋。
・山口県山口市 吉富簡一旧宅
周布政之助が自刃した吉富家旧宅。
