湯田御茶屋は長州藩の御茶屋のひとつ。
御茶屋は藩主の領内巡視の際、
休憩や宿泊に使用されていましたが、
湯田の御茶屋は藩主の湯治に使用されました。
「長州藩御茶屋臨野堂跡」。
[炭火焼処磯くら]のある場所に、
御茶屋跡の碑があります。
実際の御茶屋は1町(約1ha)あったようで、
湯田温泉7、2、3、4丁目辺りが、
その敷地だったと思われます。
記録にある藩主の当時としては、
寛政元年(1789)4月12日より、
同5月4日まで7代藩主毛利重就が、
八男毛利興言と側室を伴って来ています。
温泉舎に設置された御茶屋の説明板。
流石に大規模な施設だったようです。
藩主らは湯舟には浸からなかったようで、
湯帷子で湯坪の近くに座り、
お付きの人が湯をかけていたとのこと。
この湯の管理は湯別当の野原家が管轄し、
維新後は温泉旅館となっていましたが、
令和2年に廃業したようです。
※跡地は現在の[湯けむり横丁]。
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