山口県立美術館の「歌川国芳展」に行きました。
歌川国芳は幕末含む江戸後期の絵師で、
浮世絵の5大スターにも挙げられます。
※他の4人は喜多川歌麿、東洲斎写楽、
葛飾北斎、歌川広重。
武者絵、戯画、役者絵、美人画等、
様々なジャンルを手掛けており、
奇抜なアイデアと画力で人気を博しました。
大河ドラマ「べらぼう」で浮世絵は注目中。
こういうには非常に良いですね。
山口県立美術館には何度か行ってますが、
センスが良い展示会を招いてくれます。
国芳は寛政9年(1798)に日本橋に生まれ、
「東海道五十三津次」の歌川広重とは同い歳。
父は染物屋の柳屋吉右衛門で、
幼少期より絵を学んで15歳になって、
文化8年(1811)初代歌川豊国に入門しました。
始め役者絵や合巻の挿絵を描きますが、
それ程人気は出なかったようです。
やがて「水滸伝」シリーズが評判となり、
武者絵の国芳として人気絵師をなります。
天保の改革で浮世絵が取り締まられると、
時代絵に見せかけて悪政を批判。
幕府に徹底的にマークされるようになり、
尋問、罰金等の罰を与えられますが、
江戸っ子の喝采を浴びてました。
その後も武者絵で人気を博しますが、
写実的な「忠臣蔵」シリーズが受けずに打ち切り。
憤慨した国芳は赤穂浪士を化け物として描き、
更にガマガエルにしたりしています。
安政3年に中風を患っており、
その後も創作を続けていますが、
文久元年に65歳で死去しています。
何枚か撮影可能な絵もありました。
「相馬の古内裏(弘化2~3年(1845~46)頃)」。
滝夜叉姫が骸骨の妖怪を呼び出し、
源頼信家臣大宅光圀を驚かせている場面。
巨大な骸骨が目を引く有名な一枚です。
「流行猫の変化
(天保12~13年(1841~42)頃)」。
子供向けに制作されたもので、
髪型を変えて遊ぶ「鬘合わせ」の作品。
切り抜いて遊ぶようです。
今の着せ替えシールみたいなものですが、
この頃より原型があったのですね。
新発見の初公開作品とのこと。
「みかけハこハゐがどんだい々人だ
(弘化4年(1847)頃)」。
こちらも大変に有名な作品。
裸の男達が寄り添い大きな人になってます。
この作品の板木も展示してあって、
更に新たに印刷したものもありました。
外にあったプレートとゆきちゃん。
猫と蹴鞠するみよちゃん。
たまにはこういう文化的な場所に、
連れて行くのも良いかと思います。
歌川国芳展
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