奥の院墓地にある榊原康政の墓所。
榊原康政は徳川四天王のひとりで、
「家康覇業の功臣」と称される武将です。
「養林院殿前大守職上誉見向覚位」。
館林藩初代藩主榊原康政の墓。
松平家家臣酒井忠尚配下の榊原長政の次男で、
陪臣ながら松平元康(徳川家康)の小姓となり、
元服後は本多忠勝と共に旗本先手役に抜擢。
姉川の戦いや長篠の戦いで戦功を挙げ、
高天神城の戦いでは先鋒を務めました。
小田原征伐では北条親子切腹の検死役を務め、
家康の関東移封後は関東総奉行となり、
館林10万石を与えられています。
関ケ原の戦いでは徳川秀忠軍に従軍し、
真田昌幸の守る上田城を攻めますが、
予想外の抵抗に足止めを喰らった為、
秀忠は関ケ原本戦に遅参。
家康は秀忠に対して激怒しますが、
康政のとりなしで秀忠は許されています。
戦後に康政は老中となりますが、
慶長11年(1606)に死去しています。
榊原家は後に幾度も断絶の危機に見舞われ、
その度に康政の功績を鑑みられて存続。
最終的に高田藩15万石で続きました。
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弘法大師の御廟参道にある巨大な墓地。
