高野山奥の院墓地/松平忠国墓所

奥の院墓地にある松平忠国の墓所。
忠国は明石藩の藩主ではありますが、
幕末まで続いた明石(越前)松平家ではなく、
かつての明石藩主であった藤井松平宗家です。
慶安2年~延宝7年(1649-1679)まで明石藩で、
以後は郡山藩を経て古河藩へと転封し、
上山藩藩主家として廃藩置県まで続きました。


浄源院殿前城列霊譽崇安道覚大居士」。
藤井松平家4代当主、
明石藩(藤井松平)2代藩主松平忠国の墓。
藤井松平家3代松平信吉の長男として誕生し、
父の死後に跡を継いで篠山藩主となります。
慶安2年(1649)に明石藩7万石に加増転封され、
藩政の基礎作りに尽力しました。
和歌俳句文学茶道等に明るく、
明石は「源氏物語」の舞台であった為、
これを喜んで光源氏明石入道の碑を建て、
自作の和歌を添えさせています。
万治2年(1659)、死去。

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