鶴岡の奥座敷と呼ばれる湯田川温泉は、
山形県内で2番目に古い温泉とされ、
開湯は和銅5年(712)であるようです。
出羽三山参りの精進落としに利用され、
温泉場として賑わいを見せた他、
庄内藩藩主の湯治場にも利用されたらしい。
「湯田川温泉」。
「諸国温泉功能鑑」の温泉番付では、
「庄内田川の湯」として東の前頭15枚目で、
当時から全国的に知られていたようです。
良い意味でひなびた温泉地の雰囲気。
「新徴組本部跡(はやと旅館)」。
慶応4年に庄内藩は江戸を引き上げ、
その配下であった新徴組隊士136名と、
その家族311名も随行。
藩は湯田川の宿屋と民家37軒に分宿させ、
約2年の間新徴組が居住しました。
その際このはやと旅館が組役所に指定され、
係役人が出張して監督にあたっています。
※後に藩は新徴組の為に城下に住宅を建て、
新徴屋敷と称して住まわせました。
「長福寺」。
長福寺は大同2年(807)に行基が開山。
温泉鎮護の由豆佐売神社の別当として栄え、
最上家や酒井家等から庇護されました。
新徴組が湯田川に本部を置いた事から、
北側にある長福寺墓地には、
隊士やその家族の墓が建てられています。
次回は新徴組の墓地へ・・。
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・山形県鶴岡市 鶴ヶ岡城跡
庄内藩酒井家の居城跡。
