西顕寺は小倉北区京町の真宗本願寺派寺院。
文明10年(1478年)に蓮巌が高浜に創建し、
慶長7年(1602年)に小倉城築城の為、
現在地に移転して現在に至っています。
「本堂」。
本堂は三度の火災で焼失しており、
その度に再建されているようで、
現在の本堂は令和6年に改修されたもの。
開山の蓮巌は武士だったようで、
一旗上げようと諸国を遍歴した末、… 続きを読む
「小倉藩」タグアーカイブ
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福岡県北九州市 岩松助左衛門生家跡
岩松助左衛門は小倉長浜浦の庄屋で、
漁業の網元や海運を家業としましたが、
小倉藩より響灘の難破船救助を命じられ、
私財を投じて白州灯台建設を始めた人物。… 続きを読む
福岡県北九州市 小倉湊跡
小倉湊は紫川河口にあった港で、
九州と上方を結ぶ乗合貨客船の発着港でした。
江戸時代の上方への発着港はこの小倉湊が、
福岡藩領の黒崎湊しかなかったようで、
九州から上方へ海路を選んだ際は、
ここか黒崎湊から大坂へ向かったようです。… 続きを読む
福岡県北九州市 小倉城跡(再訪)②
福岡県北九州市 小倉城跡(再訪)①
東京都港区 小倉新田藩上屋敷跡
■小倉新田藩■
小倉藩2代藩主小笠原忠雄が、
実弟小笠原真方に1万石を分与して立藩。
3代まで参勤交代をしていたようで、
江戸屋敷と小倉城下の屋敷を往復しており、
知行地は持っていたと思われますが、
行政は小倉藩に取り仕切られていました。
後に定府大名となって蔵米支給となりますが、
明治2年に千束陣屋を構えて千束藩と改称。… 続きを読む
小倉藩の御名字之族
藩主家に飽き足らず家老家にも手を伸ばし、
その資料に少なさに驚愕しているのですが、
それでも長州藩は非常に資料は豊富。
図書館に足を運んで探せば、
何らかのヒントは見つかります。
その感覚でお隣の小倉藩を調べると、
びっくりする程資料が少ない。
小倉藩の家老家を調べてみても、
家系図のようなものは見当たらず、
[諸士由緒]という図書館の閉架資料から、
一門家老の[御名字之族… 続きを読む

