鷹司家は五摂家のひとつ。
五摂家筆頭近衛家の庶流で、
近衛家実の四男鷹司兼平を祖とします。
12代続いた後に一時断絶しますが、
二条晴良の三男鷹司信房が再興。
織田信長や豊臣秀吉と親しくし、… 続きを読む
京都府京都市 鷹司邸跡
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鷹司家は五摂家のひとつ。
五摂家筆頭近衛家の庶流で、
近衛家実の四男鷹司兼平を祖とします。
12代続いた後に一時断絶しますが、
二条晴良の三男鷹司信房が再興。
織田信長や豊臣秀吉と親しくし、… 続きを読む
攘夷を決行した長州藩に対し、
朝廷は激励の為に勅使正親町公董を派遣。
文久3年7月16日に勅使は下関に到着し、
白石正一郎邸に入ります。
宿陣の幹部らは白石邸に参謁し、
朝廷の激励の言葉を賜りました。
翌日勅使一行は各砲台を視察。
迎砲の発射、西洋銃陣や射的、
槍や剣の試合の披露も行います。
勅使正親町公董はこれに満足し、
その日の宿所長府へ向かいました。… 続きを読む
松門四天王の入江九一の墓所は長寿寺。
他にも幕末の動乱で散った志士の墓があり、
少々マニアックな幕末ファンならば、
是非とも訪問するべき寺でしょう。
「長寿寺本堂」。
長寿寺は[抜け寺]の愛称があり、
本堂と鐘楼の間を通り抜け、
寺の裏の道に抜けることができます。
長寿寺は大きな敷地を持っており、
裏側に行くには迂回の必要がありましたが、
長寿寺を抜ければ非常に近くなるので、… 続きを読む
朝日山招魂社は山口市秋穂にある招魂社で、
慶応元年に八幡隊によって創設されました。
ここは山口県内に数ある招魂場の中でも、
特にビッグネームの墓碑があります。
久坂玄瑞や入江九一、
吉田稔麿、寺島忠三郎などなど。
基本的にそれぞれの招魂場は、… 続きを読む
吉田松陰門下の四天王の一人。
入江九一について。
この人は四天王と云われながら、
吉田稔麿と同様に肖像が残されていません。
明13年出版の「近世遺勲高名像伝」に、
微妙な絵が残されているだけ。
四天王の中でも認知度は低い方で、
キリスト教の四大天使でいえば、
ウリエルといったところでしょう
※他はミカエル、ガブリエル、ラファエル。
・・・わかり辛いですね。
この人は四天王の中で一番の年上。… 続きを読む