教法寺事件」タグアーカイブ

山陽小野田市 蔵田幾之進墓所

長州藩攘夷期日の文久3年5月10日、
米国商船ペンブローク号を砲撃し、
関門海峡での攘夷攻撃を開始しました。
5月23日には仏国通報艦キャンシャン号を、
同26日には蘭国軍艦… 続きを読む

下関市赤間町 教法寺

教法寺は赤間町にある真宗本願寺派の寺院。
鎌倉期の元応年間(1319~1321)、
教法房浄信が海岸で木仏を見つけ、
これを安置する為に創建されました。

文久3年の下関攘夷戦では、
正規部隊である撰鋒隊が屯所としますが、
撰鋒隊は奇兵隊と対立するに至り、
同年8月16日に… 続きを読む

下関市吉田 東行庵/奈良屋源兵衛の墓

奇兵隊顕彰墓地にある奈良屋源兵衛の墓碑。
白石正一郎に雇われて人夫をしていた者で、
奇兵隊の用人も務めていました。
教法寺事件の報を聞いて駆け付けた途中、
南部町撰鋒隊と鉢合わせてしまい、
奇兵隊印の半被をしていた為に捕らえて、
拉致され冷水を頭からかけられという。… 続きを読む