福井県」カテゴリーアーカイブ

福井県坂井市 高岳寺(丸岡藩有馬家墓所)

島原のキリシタン大名有馬晴信は、
関ケ原の戦いでは東軍に属しており、
4万石の所領を安堵されました。

慶長13年(1608)、晴信が貿易していたマカオにて、
家臣がポルトガル軍に殺されるという事件が起こり、
晴信は徳川家康より報復の許可を得て、
長崎でポルトガル船を攻撃して沈没させます。… 続きを読む

福井県福井市 旅立ちの像

福井市滞在の宿は福井城のすぐ近く。
しかし福井城は前に訪問しており、
遺構は本丸跡のみで中は県庁となっており、
それほど見るべき場所はありません。

とはいえせっかく福井城の近くに泊まったので、
散歩がてらに歩いてみます。

福井城本丸跡」。
福井城本丸跡には県庁及び県警本部が建てられています。
城はそもそも藩庁だったわけで、… 続きを読む

福井県福井市 中根雪江関連史跡他

中根雪江は福井藩士中根孫右衛門の長男に生まれ、
家督を継いだ後に江戸で平田篤胤に国学を学び、
11歳の藩主松平慶永(春嶽)の教育係となりました。

慶永は中根の助言によって全藩士の俸禄三年間半減
藩主自身の出費五年削減を打ち出し、
守旧派の家老松平主馬を罷免させて藩政改革を断行。
三岡八郎続きを読む

福井県福井市 橋本佐内墓所

橋本佐内は福井藩医橋本長綱の長男として生まれ、
蘭医学を学ぶために大坂に出て適塾緒方洪庵に師事。
帰藩後は父の跡を継いで藩医となり、
安政元年に江戸に遊学して蘭医坪井信良に入門し、
坪井の紹介で杉田成卿にも学んでいます。
江戸で蘭学を学ぶ傍らで諸藩士らと交友し、
次第に政治に関心を持つようになり、
医職を解かれて書院番続きを読む

福井県福井市 横井小楠寄留宅跡ほか

出張で福井市に2週間滞在。
以前福井市に来た時に訪問できなかった史跡を、
余った時間で巡ってみました。

前に訪問した由利公正宅碑(記事はこちら)の川向いに、
横井小楠が福井滞在中に寄留した跡地があります。

横井小楠先生寄留宅跡」。
熊本藩士であった横井小楠は、
才知ありながら熊本藩では用いられず、
私塾小楠堂続きを読む