高杉晋作まとめ」カテゴリーアーカイブ

下関市阿弥陀寺町 本陣伊藤邸跡

今更ながら本陣伊藤家の記事。

伊藤家は鎌倉時代よりの名家の家柄で、
室町時代江戸時代には町の大年寄を務め、
町代官も務める指導者的な立場であったという。
参勤交代下関を通過する諸大名の本陣も務め、
※伊藤家は続きを読む

下関市豊前田 晋作通り

山口県最大の歓楽街であるという豊前田
僕はあまり酒が強い方ではなく、
飲み歩くというクセがないもので、
地元ながらそれほど詳しくはないのですが、
その割に若い頃に大阪北新地のクラブで働いていたので、
夜の飲食業の仕組みはある程度詳しかったりします。

高校卒業して就学の為に大阪に出て以降、
平成4年より20年間大阪に在住していたので、
豊前田通りには下関に帰ってから旧友に連れられて、
何軒かの「おねえちゃんのいる店」に行った程度。
上記のように飲み歩くクセがないもので、
豊前田に関しては殆ど知りません。

この豊前田通りはいつのまにか「… 続きを読む

琴平での高杉晋作

下関開港論を唱えた為に命を狙われた高杉晋作は、
琴平の侠客で勤皇家であった日柳燕石を頼る為、
丸亀から琴平を目指します。
しかし晋作は直接琴平へ入らず、
旅籠「藤の棚」に入り、燕石の方からが出向きました。


藤の棚 跡」碑。… 続きを読む

香川県仲多度郡琴平町 日柳燕石関連史跡

日柳燕石琴平の侠客で尊皇家でもあった人物。
豪農加島屋惣兵衛の家に生まれ、
幼少期より儒学を学び、国学歌学も学び、
詩文や書画の才があったという。
その反面で侠気を持っていたようで、
21歳で家督を相続した後は33歳頃まで遊俠しており、
その人柄からか郷党浮浪の徒が集まってきて、… 続きを読む

香川県仲多度郡琴平町 金刀比羅宮②

つづき。
/②

境内に入る前に疲れ果てましたが、
これより金刀比羅宮の境内へ進みます。

桜馬場」。
鳥居を抜けて桜馬場と呼ばれる長い参道へ。
文字通り両脇には桜が植えられており、
春には桜のトンネルとなるようです。

桜馬場を抜けて石段を登る。

書院」。
金毘羅大権現の別当であった… 続きを読む