滋賀県彦根市 彦根城①

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幕末の彦根藩といえば、藩主で幕府大老井伊直弼
一時期の幕政を主導し、歴史を動かした主役であり、
尊攘派から見れば、弾圧を起こした悪党でもあります。

彼の評価は分かれるところですが、
僕の個人的な意見でいえば直弼は守旧派で、
幕府成立より続く譜代大名による政権維持を考え、
水戸越前等の新勢力の台頭を恐れたのではないか?
実は外交問題継嗣問題の是非は、
それほど重要ではなかったのではないか?
そんな気もしています。

こう書けば単なる派閥政治家のようですが、
これは徳川幕府にとって極めて重要な事で、
権威ある親藩大名や、武力ある外様大名ではなく、
譜代大名による合議制で運営されてきた幕府が、
権威や武力を背景とした新勢力の台頭を許せば、
幕府は根本から覆ってしまうわけです。
幕府の権威失墜にも繋がり、
極端に言えば将軍の入れ替えも可能。
幕府が幕府でなくなってしまう。
安政の大獄はそういった事から起こっており、
明らかに幕威を高らかにアピールしたものでした。
もちろん同じく幕府を非難する下々にも、
その矛先が向けられています。

しかしながら、これにより幕威は高まりますが、
反発も当然出てくる。
桜田門外の変はその対策が甘かったと言わざるを得ず、
これを回避出来れば、歴史は変わっていたでしょう。

結果論ですが、暗殺や失脚への備えを万全とし、
そのまま安政の大獄をあと何年か続け、
専門機関を設置して体制を強化。
隠密を諸藩に派遣して反幕勢力を調査し、
これに基づいて諸藩へ圧力を掛けて、
藩内反幕府勢力を弾圧させる事も可能かと。

そうして幕藩体制を再強化を図ったうえで、
諸外国に対抗する事も不可能ではなかったでしょう。

これはIFの世界の事なのでこれ位にしますが、
政権の不穏な時期においては、
時として強引なリーダーが必要であり、
それがそのまま維持されようが打倒されようが
歴史は新しい方向に動いていく。
井伊直弼という人物は、その役目を果たしたわけです。

念願であった彦根城へ。
井伊直弼の故郷、現存天守
そしてひこにゃんに会いに行ってきました。

埋木舎」。
彦根城三ノ丸にあった簡素な武家屋敷で、
17歳から32歳までの15年間、
直弼が3百俵扶持の部屋住として過ごした場所。
訪問時はコロナの影響で閉館していました。

直弼は13代藩主井伊直中の十四男で、
直中の隠居後に生まれました。
兄弟は14代彦根藩主となった井伊直亮の他、
藩主中川久教挙母藩主内藤政成内藤政優
多胡藩主松平勝権延岡藩主内藤政義
一門家老家を継いだ井伊中顕らがいましたが、
何れも然るべき家に養子に出されましたが、
直弼はタイミングが合わずにどこにも行けず、
不遇の15年を過ごしています。
直弼は弟の井伊直恭と共に、
延岡内藤家との養子縁組の為に江戸に出向きますが、
養子となったのは直恭(内藤政義に改名)の方で、
虚しく彦根に戻り、屋敷を埋木舎を名付けました。

この期間、のちの腹心長野主膳国学を学び、
曹洞禅儒学洋学和歌を学び、
武術茶の湯焼物能面成作も行っています。


佐和口多聞櫓」。
彦根城には、国宝天守、重文5つが揃っています。
この佐和口多聞櫓も、重要文化財の現存遺構。
現在は車で通行出来るようになっており、
二ノ丸跡内には駐車場も完備されていました。


馬屋」。
元禄時代築の馬屋で、これも重要文化財。
常に藩主専用の馬が十数頭繋がれていたとされ、
城域に残る馬屋としては、唯一のもの。


表門橋」。
内堀を渡って表御殿へ繋がる橋。
橋の向こう側は枡形になっています。
この橋は再建されたもの。


彦根城博物館(表御殿跡)」。
藩政を司っていた表御殿は、昭和62年に復元され、
博物館として藩政時代の調度品・武具などを展示。


博物館脇より「表門山道」を登って丘陵部へ。
本丸への登城には大堀切を通ります。


廊下橋」。
本丸と鐘ノ丸を分ける大堀切に掛けられた橋。
籠城の際は簡単に橋を落とせる仕組みになっています。


大手山道」。
廊下橋より西側の大手門跡へ続く直線の坂。
今回は大手門跡ではなく表門跡より登城しましたので、
大手門跡には行っていません。
大手門と表門はどちらが正門なんでしょ?


鐘ノ丸跡」。
築城当初、時報鐘がここに置かれた為、
鐘ノ丸と呼ばれたようですが、
ここからの鐘の音は城下北隅に聞こえないので、
鐘を牙城楼門外に移されたという。


天秤櫓」。
左右に二階櫓を配した事により、
天秤のように見えるので天秤櫓と呼ばれ、
大手山道と表門山道が合流する要の位置に築かれました。
この櫓を過ぎれば本丸への登城道です。

つづく。
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