兵庫県高砂市 石の宝殿

 朝立て松を見、船付之様子
 ヲ伺て石之宝殿ヲ右ニ見て、
 曽祢之天神を拝し松を見る


河井継之助塵壺(記事はこちら)出てくる「石之宝殿」。
なんだろうと調べてみると謎の巨石であるという。
偶然にも仕事で近くに来たので、
どんなものか見に行ってきました。


生石神社」。
生石神社はその石の宝殿を御神体とする神社。
神代の昔に大穴牟遅命少毘古那命が、
国土経営のため出雲からこの地に至った際、
一夜のうちに二丈六尺の石の宝殿を作りますが、
当地の阿賀の神が反乱を起こし、
それを鎮圧している間に夜が明けた為、
宮殿は横倒しのまま未完成となりました。
ですが未完成ながら二神はここに鎮まり、
国土を守ることを誓ったというのが由緒。


本殿」。
本殿とはいっても御神体が巨石なので、
どちらかというと拝殿のような感じ。
中央より中に入ると石の宝殿を拝む事ができます。
拝観料100円。


石の宝殿(浮石)」。
巨大な人工的な石が水面に浮いているように鎮座。
後ろの出っ張りがブラウン管テレビのようにも見る。
何の為にいつ造られたものなのかは不明で、
奈良時代の「播磨國風土記」が初見のようですが、
伝説や由緒から察するに古代よりあったと思われます。
確かに不思議な遺跡でした。

河井は高砂の宿に宿泊していますが、
宿泊した場所はよくわかりません。
当時の高砂と呼ばれたあたりは、
現在の高砂市高砂町荒井町あたりでしょう。
石之宝殿ヲ右ニ見て」という様子は、
道中の右手にたまたま宝殿があったので、
それを横に見ながら進んだ様な感じですが、
その後に「曽祢之天神を拝し・・」と記載されており、
曽根天満宮に参拝した事が書かれています。
この位置関係では道中とは考えられませんので、
石の宝殿を見る為にわざわざ寄り道したのでしょう。

またシーボルトも文政9年の江戸参府の道中の際に、
この石の宝殿を訪問しており、
3枚のスケッチを残しています。
※シーボルト著「NIPPON」第1冊収録。

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 河井は曽祢の松も見ています。