河井継之助の塵壺④

つづき。
///④////////

6月20日。晴。
朝、①名古屋を立って通りを見物。
若宮八幡宮や他のナントカ寺に芝居小屋があり、
中々に繁盛している。宮に戻り②桑名へ渡る。
桑名城の横を舟で通り伊勢の諸山を遥かに見る。
誠に好風景である。桑名に宿泊。
※たぶん熱田神宮南の七里の渡しから、
 舟に乗ったのでしょう。
 
6月21日。晴。
朝立って追分より③に至って宿を取り、
夕方に斎藤宛の直書状を出す。
早速、用助が訪ねて来て深夜まで話した。
※斎藤とは津藩の儒学者斎藤拙堂の事。
 用助は斎藤の門下で河井の知り合い。
 以降、24日まで津に滞在。


6月24日。晴。
朝、津を立って松坂を通る。
津に勝ると思う程であった。
三井の本拠地で格別に繁盛している様子。
伊勢山田町も繁盛している。
山田の御師久保倉邸に宿泊。
※松坂は三井財閥発祥の地。

6月25日。晴。
朝、案内と共に外宮を参拝。
間之山を過ぎて古市に至る。
聞きしに勝る繁華なり。
内宮を参拝し二見の浦へ行く。
古市に戻り山田を過ぎて小俣に宿泊。

6月26日。晴。
朝に出立。本来の道を帰り、六軒より大和廻り。
紀州路の追分があって迷ったが、
津より上方へ向かう事にする。
椋本に宿泊。


6月20日~26日の行程。

つづく。
///④////////

■関連記事■
新潟県長岡市 榮涼寺(長岡藩牧野家墓所)
 長岡の藩主家菩提寺に河井の墓があります。
新潟県長岡市 河井継之助邸跡
 河井邸は現在記念館となっています。