河井継之助の塵壺②

つづき。
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6月11日。風雨終日。
午前8時頃に①小田原を出発。
城南の石垣山を望み湯元より箱根に至る。
風情を楽しみにしていたが、
風雨なので殆どなにも見えない。
三島に至って三島明神を参拝。
大社であるが本殿は地震で破損していた。
午後4時頃までに③沼津に到着。
この間に色々あったが面倒なので略す。
同行の旅人に天城山の事を聞く。
※三島明神は三嶋大社の事。
 社殿は嘉永7年の安政東海地震で倒壊。
 色々あったが面倒なので略すなんて感じが、
 河井の性格を物語っていますね。



6月11日の行程。

6月12日。曇時々雨。夕方から晴。
①沼津を立ってを過ぎ、
富士沼を見て吉原に至るが、
富士はもちろん足高山さえ見えない。
富士に登るには三島から須山が良いと聞いたが、
天気が悪いからと留まるのも愚かと考え、
そのまま進んで②大宮に至る。
ここは甲州道で家数は千軒もあるというが、
それほどでもなく宿も良くない。

6月13日。晴時々曇り。
朝、宿の裏へ出てみると、
富士が頂きを現わしていた。
意を決して③村山という所に登り、
大鏡坊という寺に至る。
寺で昼飯を食べて案内を頼むと、
雲行きが怪しくなった。
坊主は大丈夫であると言っていたが諦め、
来た道を引き返していると頂きがまた姿を現し、
しばらく見ているとまた隠れた。
これにて諦めがついて蒲原へと急ぐ。
三島より富士のため女子のごとき不決断となり、
自ら嘆息す。この心、筆に尽くし難し。
富士川を渡り蒲原に着く頃には天気も良くなり、
此の両日は富士のため失心す。
この夜は④蒲原に宿泊。
※富士山登山で優柔不断になった事を後悔。
 こういうのは誰にでもありますよね。
 人間味が感じられます。



6月12日~13日の行程。

6月14日。晴。
朝、①蒲原を出発するときに富士を見る。
昨日の坊主の意見を聞かなかったのは残念だが、
この日も快晴ではなく昨日より良い程度。
由井より薩田浜を行き、
峠は昨年の雨で山崩れとなり、
下道をいかねばならないという。
遥に伊豆の山々を見て後に田子の浦を見て、
興津川を手車に乗って渡り清見寺へ参る。
禅堂は美しく前には三保の松原の絶景。
江尻より②久能道に入る。
久留米藩士2人と同道。これは久能山参詣の為。
久能山に至り案内を頼んで3人連れにて登山。
三代将軍御寄進五重塔、諸大名寄進石金燈籠
狛犬の如きに至るまで豪華なものであった。
内殿はさらに善美を尽くしたもので、
他に御水尾天皇東照大権現御勅閣がある。
下山して②府中まで2人の士と同道したが、
お城を見る為に別れて大手門でお城を眺めた。
三代将軍の実母のお寺があり、
今川義元の寺も一里ばかり行った山の上のある。
阿部川を渡ってまた銭をむさぼられ、
鞠子に宿泊。
※富士山に登れなかった事に未練たらたら。
 清見寺は今川、徳川の庇護を受けた由緒の寺。
 久留米藩士2人と同道していますが、
 名前の記載はありません。
 三代将軍実母(江、崇源院)のお寺は、
 二代将軍実母(愛、西郷局)の菩提寺では?
 たぶん勘違いかなと思われます。



6月14日の行程。

つづく。
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