長崎県長崎市 大浦天主堂【再訪】

前回の訪問では閉館していた大浦天主堂
現在は感染対策を行って開館されています。


前回はここから眺める事しか出来ませんでした。
とはいえここからでも外観はほぼ見えます。
拝観料は1000円。
少し高い気もしますが国宝なので仕方ないかな?

天主堂に登る石段の途中の左手に広場があり、
記念碑や銅像が置かれています。

キリスト信者発見百周年記念碑」。
巨大なレリーフ形式の記念碑。
元治2年に仏人宣教師プティジャンにより、
大浦天主堂が建立されていますが、
同年に浦上の民10数名ががやってきて、
そのうちの一人の女性がプティジャンに近づき、
ワレラノムネ、アナタノムネトオナジ
と囁いて聖母像がどこにあるか尋ねました。
彼らは300年にの厳しい迫害を堪え忍び、
密かに信仰を守り伝えた信者であり、
史上に例のない奇跡となっています。
この碑は信徒発見100周年を記念し、
昭和40年に建立されたもの。


プチジヤン司教之像」。
ベルナール・プティジャンの像。
長崎大司教区初代司教を務め、
日本の宣教に半生ささげた人物。
信徒発見の歴史的瞬間に立ち会っており、
この仔細を欧米に伝えています。
明治17年に死去していますが、
亡骸は天主堂祭壇前の床下に安置されました。


教皇ヨハネ・パウロ二世」胸像(左)、
朝鮮教区4殉教者遺骨保管記念碑(右)」。
第264代ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世は、
昭和56年に大浦天主堂を訪問しています。

隣の碑は李氏朝鮮で起こった丙寅教獄の際、
殉教した4人の遺骨を大浦天主堂が預かり、
12年間保管していた事を感謝したものという。
詳細はよくわかりません。


十字架上のキリスト」。
プティジャンによって建立されたもの。
イエス・キリストは磔刑にて処刑され、
その後に復活を遂げたとされており、
キリスト教の最も重要な象徴となっています。


大浦天主堂」。
正式名は日本二十六聖殉教者聖堂という。
日本に現存する最古のキリスト教建築物で、
国宝及び世界遺産に登録されています。


日本之聖母像
入口中央におかれている白亜のマリア像
信徒発見のニュースが欧米にもたらされ、
これを祝福してフランスより贈られた聖母像。
プティジャンはこれを天主堂門前に据え付け、
信徒発見の記念式典を盛大に催しました。

天主堂内の撮影は禁止。
美しいステンドグラス大祭壇
司教座プティジャンの墓
小祭壇にある信徒発見の聖母像等があります。

天主堂を出てキリシタン博物館へ。

旧羅典神学校」。
日本人司祭育成を目的に設立された神学校校舎
国指定重要文化財となっており、
現在はキリシタン博物館となっています。


旧長崎大司教館」。
カトリック長崎司教区の大司教館跡。
大正4年に竣工されたもので、
昭和37年に司教座聖堂浦上教会に移され、
平成元年に大司教館が浦上に新築されるまで、
現役で使用されていました。
日本のカトリック教会大司教区司教館の中で、
ほぼ完全な形で現存する戦前唯一の遺構。
こちらもキリシタン博物館となっています。

大浦天主堂はこれにて終了。

グラバー坂」。
大浦天主堂より海側に下りていく坂。
観光名所らしくお土産屋さんが並びます。
由緒ある坂ではありませんし、
両脇の建物も古いものではないのですが、
異国情緒ある雰囲気が形成されていました。

今回は家族と来たのですが、
大浦天主堂へは一人で訪問。

祈りの丘絵本美術館」。
古い洋館のようですがRC造りの新しいもの。
家族がここで絵本等を物色している間、
大浦天主堂に訪問した次第です。
ウチの子達には絵本を読み聞かせており、
2人共本が大好き。
そして嫁さんもよく本を読む。
是非とも行ってみたいと聞いていたので、
今回は家族共に満足しました。

■関連記事■
長崎県長崎市 大浦天主堂
 前回訪問時の記事
長崎県長崎市 グラバー園①/
 大浦天主堂の隣にあります。
萩市 萩キリシタン殉教者記念公園
 浦上四番崩れの殉教者たちの記念公園。