島根県大田市 石見銀山

大森代官所界隈、武家屋敷界隈を過ぎ、
銀山方面に向かいます。


五百羅漢」。
大森代官所の同心であった中場定政が、
代官所の祈願寺である観世音寺へ参詣し、
そこの石像十六羅漢を拝んで、
五百躯の羅漢を安置したらさぞ壮観であろう
と住職月海浄印に話したことが発端で、
羅漢が一躯、三躯と寄進され続け、
二十余年間の歳月を掛けて完成されたもの。
洞窟内には様々な表情、ポーズの羅漢が並んでいます。


渡辺家住宅」。
大森代官所の地役人坂本家の屋敷。

銀山鉱内を見学出来る「龍源寺間歩」へは、
車道と遊歩道の二路があるのですが、
今年4月9日に起こった島根県西部地震で、
遊歩道の一部が立入禁止となっていました。

大久保石見守墓」。
地震の影響で、大久保長安の墓所は立入禁止。
石段に大きな石が落ちていますが、
その先はどうなっているのでしょうか?


下河原吹屋跡」。
発掘調査によって発見された銀精錬遺跡
鉛を利用した灰吹法と呼ばれる精錬法で、
鉱石から銀を取り出していたらしい。
遺跡には銀鉱石を砕いた要石や、
選別のために水を溜めていた跡などがあります。


豊栄神社」。
一時銀山を支配した毛利家が開いた長安寺が前身で、
毛利家によって庇護されていましたが、
幕府直轄地となってから庇護者を失って荒廃。
石州戦争で長州藩が大森にやってきた際、
長安寺の荒れ果てた境内を本陣としました。
荒廃した本堂から藩祖毛利元就の像が発見され、
長州藩は藩祖ゆかりの寺院として境内を再整備しました。
その後、廃仏毀釈運動によって豊栄神社となっています。
訪問時は修復中でした。


清水谷精錬所跡」。
明治期には既に衰退していた石見銀山でしたが、
奇兵隊出身の実業家藤田伝三郎は採掘権を手に入れ、
近代的な銀の製錬所の建設しました。
しかし、鉱石の品質が予想より悪く、
設備の銀製錬能力も低かったことから不採算となり、
わずか1年半で操業を停止しています。


福神山間歩」。
山師個人の「自分山」と呼ばれる間歩(坑道)。
石見銀山には代官所直営の「御直山」と、
山師の「自分山」があった様です。


高橋家住宅」。
町年寄山組頭であった高橋家の屋敷。
代官所と山師らとの取次ぎなどを行いました。


龍源寺間歩」。
江戸時代中期に掘られた代官所直営の間歩。
良質の銀鉱石が数多く掘り出され、
幕府の財政に貢献したとされます。


龍源寺間歩の内部。
4歳のみよちゃんの身長と比較すると、
天井の低さがわかると思います。
気を付けないと頭をぶつけますね。
坑内はノミなどの道具の跡や、竪坑や斜坑、永久坑が見られ、
当時の採掘の様子が感じられます。


佐昆売山神社」。
間歩を抜けた先にある山神社
石見銀山の氏神として、銀山の繁栄と安全が祈願されました。
山神社としては全国的に見ても最大級の規模ということですが、
訪問時は改装中でした。

今回、GW中に石見銀山を訪問しましたが、
それほど混雑していた感はなく、
ストレスを感じず観光できました。
また、さすがに世界遺産というだけあって、
しっかりと整備されており、見ごたえもあります。
まだ行った事の無い方は是非、行ってみてください。
穴場です。

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