小倉藩」タグアーカイブ

福岡県豊前市 千束陣屋跡

小倉新田藩は、小倉藩2代藩主小笠原忠雄によって、
弟の小笠原真方1万石が分与されて立藩した支藩。
他の新田藩の多くが江戸定府大名であるのと同じく、
小倉新田藩も参勤交代を行わない定府大名でした。

小倉城下の屋敷に藩庁が置かれ、
幕末期は支藩として小倉藩と行動を共にしますが、
小倉城落城と共に藩庁を失います。… 続きを読む

福岡県北九州市 小倉城

僕の住んでる場所から一番近い城は小倉城です。
子供の頃から何度か行っており、あまりにも身近ですので、
今までわざわざ記事にすることもなかったのですが、
たまたま近くの商業施設に用があったので、
ちょっと寄ってみました。


小倉城天守」。
昭和34年に、鉄筋コンクリートで模擬復興したもの。
幕長戦争小倉口の戦い(小倉戦争)において、
小倉藩が自焼させたと思っていましたが、
実は当時、天守は存在していませんでした。

天保8年の失火によって… 続きを読む

福岡県北九州市 福聚寺(小倉藩小笠原家墓所)

広寿山福聚寺は、小倉藩初代藩主小笠原忠真が創建したもので、
小笠原家の菩提寺として小倉藩の保護を受けました。


広寿山福聚寺 第一関門」。
幕末の藩主小笠原忠幹は、 慶応元年9月6日に死去しましたが、
嫡子の小笠原忠忱が幼少であった為、忠幹の喪は秘され、
密かに小倉城に埋められました。
長州征伐続きを読む

宮本伊織の系譜

小倉藩の筆頭家老宮本家が、
宮本武蔵の養子宮本伊織の系譜ということは、
知られているようで知られていません。

小笠原の一門を飛び越えて筆頭家老になるとは、
武蔵の威光伊織の才能かわかりませんが、
代々筆頭家老として宮本家は幕末まで存続しています。
※一門衆は家老にならないシキタリがある藩もありますし、
 飛び越えてという表現が適切かどうかはわかりません。

ですが、幕末期に宮本家がどのような活躍をしたのか?
調べてみても、なかなか良い資料には巡り会いません。


「… 続きを読む

福岡県京都郡 小笠原神社(豊津陣屋跡)

小倉城の放棄で香春を藩庁にした小倉藩でしたが、
やはり藩庁が御茶屋では色々と不便ということで、
明治2年12月に豊津に藩庁を移す事になります。

小倉藩9代藩主小笠原忠幹は慶応元年9月に死去し、
嫡子小笠原忠忱はわずか4歳で長州藩と戦うことになりました。… 続きを読む