彦根藩」タグアーカイブ

新潟県長岡市 与板陣屋跡

与板藩長岡藩初代藩主牧野忠成の次男牧野康成が、
三島郡与板に1万石を分与されて立藩。
その後、3代牧野康重小諸藩に加増転封し、
代わって掛川藩より直勝流井伊家が入ります。
この直勝流井伊家は… 続きを読む

滋賀県彦根市 彦根城③

つづき。
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黒門橋より楽々園へ。


井伊直弼生誕地」碑。
井伊直弼欅御殿と呼ばれた下屋敷で、
13代藩主井伊直中の十四男として生まれました。
楽々園は明治時代以降に呼ばれた名称。… 続きを読む

滋賀県彦根市 彦根城②

つづき。
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天秤櫓を越えて本丸跡へ。

太鼓門櫓」。
本丸へ正門で重要文化財
合図を城内に送る太鼓が置かれていたとされ、
門櫓背面の東側の壁が開放されており、
太鼓を広く響かせる効果があったとも考えられますが、
正確な事はわかっていないようです。… 続きを読む

滋賀県彦根市 彦根城①

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幕末の彦根藩といえば、藩主で幕府大老井伊直弼
一時期の幕政を主導し、歴史を動かした主役であり、
尊攘派から見れば、弾圧を起こした悪党でもあります。

彼の評価は分かれるところですが、
僕の個人的な意見でいえば直弼は守旧派続きを読む

東京都世田谷区 豪徳寺(彦根藩井伊家墓所)

豪徳寺は、彦根藩井伊家の菩提寺。
元々は世田谷城主吉良政忠が祖母の為に、
開基した弘徳院という小さな寺でした。

ある時、井伊直孝鷹狩りに出かけた帰り、
小さな寺の前を通りかかると、
門の前で一匹のが手招きをしていたので、
その門をくぐって寺に入りました。
すると突然雷雨となって雨宿りをする事となり、
直孝は和尚と親しくなります。… 続きを読む