鹿児島県薩摩川内市 平佐北郷家墓所①

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北郷家島津家の有力分家で、
島津宗家4代当主島津忠宗の六男が、
本郷資忠を名乗って始まったとされます。
その宗家は後に島津家を名乗っており、
都城島津家となっていますが、
11代当主本郷忠虎の弟北郷三久が、
平佐郷を与えられて別家を創設。
一所持平佐北郷家として続きました。


平佐北郷家墓所」。
平佐北郷家の墓所は梁月寺跡
元々は平佐城の東の一角(庵之城)で、
廃城後に梁月寺が建立されており、
平佐北郷家の菩提寺となっています。
現在は廃仏毀釈により廃寺となり、
墓所が残っていますが、
他の廃寺は墓所以外が荒れてるのに対し、
梁月寺跡は広場として整備されています。


前期当主墓所」。
墓所は上段下段に分かれており、
下段には前期の当主の墓が並び、
その殆どが墓祠が付いています。


義山忠孝庵主」。
初代当主北郷三久の墓。
巨大な五輪塔が収まっています。
北郷宗家10代北郷時久の三男に生まれ、
父や兄に従い小田原征伐朝鮮の役に従軍。
兄忠虎より三俣領を与えられていますが、
忠虎は朝鮮巨済島で病死してしまい、
嫡子長千代丸が成人するまで、
宗家の家政を代行しました。
豊臣秀吉による島津家中の所領替えで、
平佐への移封が決定されており、
以後は江戸時代を通じ領主を務めています。


法性院殿正覺〇〇庵主」。
2代当主北郷久加の墓。
初代三久の子。


空念真性大居士」。
3代当主北郷久精の墓。
2代久加の子。


光巖院殿得翁良天大居士」。
4代当主北郷忠昭の墓。
3代久精の子。


圓高院殿徳巖〇峯大居士」。
5代当主北郷久嘉の墓。
相良頼安の二男。


桃渓院殿自仙淨性大居士」。
6代当主北郷久英の墓。
5代久嘉の長男北郷久度の長男。


貢眼院殿桂圓玄門大居士」。
7代当主北郷久達の墓。
5代久嘉の四男。

つづく。
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