鳥取県米子市 大山寺阿弥陀堂/池田輝澄墓所

大山寺大山山麓にある天台宗別格本山。
古来より大山は霊山とされており、
修験道の修行道場として栄えた場所でした。


大山」。
標高1729mの成層火山
中国地方の最高峰で日本百名山のひとつ。
鳥取県のシンボルの一つでもあります。

今回は仕事で近くまで来た為、
池田輝澄の墓所である阿弥陀堂だけ訪問。
大山寺の本堂周辺と阿弥陀堂は、
佐陀川を隔て結構な距離があるので、
大山寺自体への参拝は諦めました。


阿弥陀堂」。
室町末期に再建された阿弥陀堂。
大山寺の寺院の中では最古の建築物です。
平安初期に創建されましたが、
亨禄2年(1529)に山津波で倒壊し、
その後天文21年(1552)に現在地に再建。
予約すれば座禅体験も出来るとのこと。


基好上人の墓」。
阿弥陀堂の右側にある基好上人の墓、
基好上人は平安後期~鎌倉前期の人物で、
大山寺きっての名僧。
天台密教の奥義を極めていたとされ、
天台座主慈円臨済宗開祖栄西も、
基好の教えを受けました。

阿弥陀堂の左側には殿様墓があります。

殿様墓」。
殿様墓と呼ばれる3つの墓碑。
右が池田輝澄の墓で、
中央は輝澄の正室天性院の墓。
左は三界萬靈自然興樂塔です。


大雲院殿前拾遣石州太守
 一關徹心大居士
(右)」、
天性院殿〇林貞梢大姉(右)」。
福本池田家初代当主池田輝澄の墓と、
輝澄正室天性院の墓。
輝澄は池田輝政の四男(実際は七男)で、
同母兄池田忠雄の宗家相続に伴い、
3万8000石を分与された山崎藩を立藩。
後に3万石をさらに与えられ、
城下や藩政の整備を積極的に行い、
更に新しい家臣も多く召し抱えました。
しかし古参家臣と新参家臣の対立が起こり、
寛永17年(1640)に御家騒動が発生し、
古参家臣の多くが脱藩するに至ります。
この事態に幕府が介入する事となり、
古参家老伊木伊織以下20名が切腹を命じら、
輝澄も家中不取締として改易
同族の鳥取藩池田家に預けられてましたが、
徳川家康の外孫であったことから、
※母は家康の次女督姫
堪忍料1万石を与えられて鹿野藩を立藩し、
寛文2年(1662)に死去しました。
後の延宝7年(1679)-元禄3年(1690)頃に、
大山寺学頭で輝澄の六男公侃により、
この墓碑が建てられたようです。

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