安来宿は山陰街道の宿場町で、
松江藩領の最東に位置していました。
母里藩や広瀬藩とも河運で通じており、
年貢米の積出港として安来湊が栄え、
更にたたら製鉄で製造された安来鋼も、
安来湊に運ばれて繁栄していたという。
安来市安来町周辺。緑の線が街道筋で、
青くぼかした辺りが安来宿跡。
安来駅辺りから散策。
安来といえば安来節。
安来湊の船頭達が歌っていたとされ、
この安来節と共に踊る[ドジョウ掬い]は、
滑稽で楽しい踊りとなっています。
この仕草はドジョウを掬う仕草と、
製鉄に使う砂鉄の採取から来ているとも。
「語臣猪麻呂像」。
安来郷長語臣猪麻呂の銅像。
浜辺で遊んでいた娘が鰐鮫に喰われ、
その仇を討つ為に鰐鮫を誘き寄せ、
鉾で刺し殺して娘の霊を慰めたという。
殺した鰐鮫を晒した形が弦月形だった為、
以来[月の輪神事]が行われているとのこと。
「安来御茶屋跡」。
松江藩主が参勤交代の際に利用した御茶屋跡。
安来は藩境手前にあった為に、
御茶屋は豪華なものが建てられていたようで、
他に類を見ない規模であったようです。
「安来宿跡」。
街道筋は国道9号線沿い。
交通量が多く家々も更新されていますが、
ちらほらと古い家屋は見受けられます。
とはいえ国道より北側の方には、
往時の町並みが結構残っていました。
「山常楼」。
国道沿いにある割烹料亭[山常楼]。
現在も営業しているようです。
建物は昭和9年に建て替えられたもので、
玄関は唐破風の豪華な造り。
この規模の料亭建築は珍しいとのこと。
「安来湊」。
年貢米と安来鋼の積出港として栄えた安来湊。
鉄問屋という他所には珍しい問屋が並び、
明治、大正期も変わらず栄えていたという。
やがてたたら製鉄は行われなくなりますが、
現在も安来プロテリアルという工場があり、
特殊鋼を製造しているようです。
■山陰街道の宿場町
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