八橋宿は山陰街道の宿場町。
高比売命が当地に下向した際、
暗雲が立ち込め八匹の大蛇が現れたとされ、
まるで八つの橋のように見えたという。
高比売命が素戔嗚尊に加勢を念じると、
その八匹の大蛇は瞬く間に消失。
あたりは青天となったとのこと。
この故事から[八橋]と呼ばれるようになり、
川は[加瀬蛇川]と呼ぶようになったようです。
琴浦町八橋周辺。緑の線が街道筋で、
青くぼかした辺りが八橋宿跡。
「八橋宿跡」。
伯耆国内の他の宿場跡と同様に、
今なお往時の面影を残しています。
八橋は鳥取藩領となっており、
着座(家老家)の津田家に与えられて、
自分手政治が行われました。
「伯耆高田屋(堺屋本店)跡」。
廻船業を営んだ堺屋喜兵衛の屋敷跡。
鳥取藩の御用達を務めた豪商で、
豪商高田屋嘉兵衛の婚戚にあたります。
「江原酒造本店」。
街道沿いにある立派な商家で、
[伯陽長]という日本酒を製造しています。
現在の建物は昭和5年の建築とのこと。
「旧中井旅館」。
小泉八雲が新婚旅行で宿泊した旧中井旅館。
平成元年に閉館していますが、
平成21年には改修が行われています。
「桝形」。
周辺の宿場町には見られない桝形が、
この八橋には存在します。
これは八橋が宿場町というだけでなく、
津田家の陣屋町でもある為、
防御的な観点から設置されました。
「小泉八雲・セツ来訪記念碑」。
海岸沿いにある小泉八雲夫婦の記念碑。
小泉八雲は八橋を気に入っていたようで、
友人への手紙の文にこれが伺えます。
「八橋は静かできれいです。旅館もどこよりも
よい宿です。不思議なことに海では誰も泳い
でいません。それで私が水泳をすると町じゅ
うのひとが来て見物します。
ここも盆踊りがありません。私は八橋ではと
ても愉快でした。眠り、食べ、泳ぎ、まった
く快適です。逢束では特別な冒険をしました」
とても微笑ましい文章なのですが、
泳いでいないのはお盆だったからかも?
死人に足を引っ張られますしね。
人々は彼を見物してるんじゃなくて、
心配してるのかもしれませんね。
■山陰街道の宿場町
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・鳥取県東伯郡 體玄寺/津田家墓所
八橋領主津田家の歴代墓所。
