大分県豊後高田市 高田陣屋跡

島原藩の6万5000石の領地のうち、
2万7500石が豊前国及び豊後国にあり、
[豊州領]と呼ばれた飛地だったようです。
※豊後国国東郡1万4000石と、
 豊前国宇佐群1万3500石。

藩の総石高の4割が[豊州領]にあった事や、
周防灘に面する交通の要所として、
経済的にも重要な場所であった事から、
島原藩は高田城跡役所を設置。
米蔵を置いて[豊州領]の年貢米を集め、
船で瀬戸内海から大坂に送りました。

その領地経営の拠点となったのが、
高田城跡に置かれた高田陣屋です。

高田陣屋跡(豊後高田市中央公民館)」。
豊後高田市中央公民館のある場所が陣屋跡。
高田御役所とも呼ばれていたようで、
高田城跡の二ノ丸南側に建てられていました。

高田城(豊後高田城)は鎌倉時代からの城郭で、
桂川右岸の台地に築かれた平山城
豊後大友家家臣の高田家の居城でしたが、
大友家の改易により竹中重利に与えられ、
城は大規模に拡張されたようです。
その後に細川家を経て松平重直が入封し、
龍王陣屋から移って高田藩が立藩。
後に重直は杵築藩に移っており、
高田城は廃城となっていますが、
寛文9年(1669)に島原藩領となると、
周辺支配の為に城跡に陣屋が置かれました。


高田陣屋の石段」。
陣屋時代に整備された石段とされ、
脇の石垣もその遺構とされます。
石段を下って真っ直ぐ行くと桂川に至り、
桂橋(藩政期は飛び石)を渡ると、
昭和の町並みが残る高田地区です。
※高田陣屋のある北側は玉津(芝崎)地区
折角なので次回は[昭和の町]に行ってみます。

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